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香りのサイエンス 第1回 アロマのプロから学ぶ「香りのサイエンス」

アロマとの出会い

そもそも、アロマの道を極めようとされたのはなぜですか?

私は若いころ、家業であったビューティサロンの経営に携わっていました。その頃の美容師の皆さんはシャンプーなどによる手荒れがひどく、それは私から見てもとても痛々しく思えるほどでした。残念ながら、それが原因で辞めていく人たちも少なからずおられたのです。
それがおよそ20年余り前のこと。そういった現状を何とかしたいと、私はより手荒れの少ないシャンプー剤はないものかと探し始めました。そんな中で、ナチュラルシャンプーという存在を知り、このことをきっかけとして、さらに調べを深めていくうちに、自然とアロマに辿りついていったという感じです。

例えばイギリスを訪問した際などには、ボディショップを訪ねて歩き、教えを乞うといったことを何度も繰り返しながら、アロマへの知識と造詣を独学も含めて蓄えていきました。その間、人的なネットワークもずいぶん増えてくれました。趣味が高じてといえば、身もフタもありませんが、「気がつけばAEAJ認定のアロマスクールを立ち上げてしまっていた」というのが、本当のところです。

余談ですが、手荒れに悩んでおられる美容師さんは、少しは改善されたものの、今でもたくさんおられます。サロン経営者の方は、ぜひナチュラルシャンプーの採用や、さらにはアロマテラピーの導入などを検討していただければと思いますね。

心のアシストにアロマを

私たちにとってのアロマの意味って何でしょうか?

アロマによるヒーリング効果の一環として、沈静効果が期待できるものがたくさんあります。
私たちのスクールでは、現在アロマコースの4割を看護師さんが占め、またハーブコースには薬剤師さんも多数受講されています。その中の薬剤師の女性が私に仰っていたのですが、「その患者さんにはきついのではないかと思われる睡眠導入剤が処方されている例も結構見られる」と。ドクターの処方にあれこれ申し上げるつもりはありませんが、もしその患者さんに、沈静効果によって穏やかに眠りにつきやすいアロマを提供する機会があれば、強い睡眠薬など使わなくてもすむのではないかと、私としては思えるわけです。もちろんその疾患の程度にもよりますが。

アロマの香りは精神に働きかける香りです。その薬効はもちろんのこと、精神的に心のアシストできるのがアロマなのです。この高ストレス社会の中で、アロマを役立たせていきたいというのが、私の願いであり、その実現が使命でもあるとも思っています。
アロマは、プリミティブに脳に働きかけるものでもありますから。

危険を感知するのは「香り」から

では、アロマは本能に働きかけると?

まあ、そう言いかえてもいいかもしれませんね。

たとえば情報の認知について考えてみると、現代では入力ベースで視覚が6〜7割以上を占めていると言ってもよいでしょう。もちろん五感という異なった感覚に、明確な比較基準があるわけではありませんが。それに比べ嗅覚が占める割合は、その足下にも及ばないでしょう。でもその支配的な視覚も真っ暗になってしまえば、その意味を失います。一方、嗅覚はまったく光がなくても活きています。というか、より敏感になってきます。その時、原始の時代なら危険なケモノが近づいているとか、現代なら火が燃えている臭いがするだとか、赤ちゃんがウンチをしただとか、危険や異変を感知するのは「香り」からインプットされるということは少なくありません。

また京大霊長類研究所の友人が言っていたのですが、視覚情報は鮮明なインパクトを持っているが、記憶の定着という局面では徐々に薄れていきやすく、逆に香りという嗅覚の情報は、いつまでも残り続けることが多いのだそうです。そういわれてみれば、私たちにも思い当たるフシがありますよね。金木犀の香りを嗅いだら、学校の生け垣やその時代を思い出すとか。また「香り」によって、人体に起こるいろいろなことがわかったりもします。加齢とともに体臭が変わったり、がんなど特定の疾病によって共通の臭いが存在したりすることなどは、皆さんもご存知ではないでしょうか。

ほんの一部を挙げたにすぎませんが、このように「香り」は人間の本能的な部分に直接結び付きやすいものなのです。そして私は、「香り」というのは、人間が本来持っているものを呼び戻す形で活用する方ががよいと考えています。本能に働きかけるため、好きな「香り」だろうが、きらいな「香り」だろうが、アロマは自分の意識の外でストレスを解消してくれるものでもあります。こうして考えてみると、嗅覚から入って脳のプリミティブな領域を刺激する「香り」は非常に大切な要素であると思えてくるのです。

アロマとフレグランスの違い

ところでアロマとフレグランスの違いって何ですか。

「香り」や「匂い」を発生するものとしては、よく似ていますね。世間には混用されている場合があるかもしれませんが、次のように定義することができます。

まずはアロマ。食品を含めて、ナチュラルに香りの発生するもの。もともと自然にあるものです。
フレグランスにはファッション的な意味合いがあり、香水などブレンドされたもの。「デザインされた香り物」とでもいえるでしょうか。
ちなみにフレーバーは、食品に限った香り付けを行うもの。このほか悪臭の場合に使われるオドという概念もあります。ラテン系の語源ではただ単に「臭い」のことだったらしいのですが、英語になってから悪い臭いに使われるようになったようですね。

アロマといえば、日本ではアロマテラピーとして、少し前までは狭義的に使われていて、エッセンシャルオイルのように水蒸気蒸留された液体のものだけをアロマだとして、排他的に用いられていた時期もありました。やがて「お香」などのインセンスなども含めて考えられるようになり、わが国でも本来の意味がようやく定着してきているように思います。以前はマーケットが小さかったこともあり、狭義にとらえられていたアロマですが、いまや市民権を得るようになって広く認知されるようになってきたことが、私としては喜ばしい傾向だと思っています。元来、身近にある手軽なもので、手を出しやすいのが、アロマの特長の一つなのですから。

本来のアロマは間接照明のようなもの

市民権を得たアロマは、いまどこへ向かっているのでしょうか?

4〜5年前までは、アロマといえば「香り」を炊くなど、強制的に「香り」を発生させることに力点があったように思います。もちろんそれでも良いのですが、現在はよりノーブルになってきたように、私はとらえています。強く「香り」を発生させるだけでなく、表面張力を利用して穏やかに香りたたせる方法があるように、より自然な形で発散させ、香らせる、ほのかな香り付けが注目されるようになってきたと思います。長い間アロマと付き合ってきた私から見れば、香りに対する認識が、1つ上のランクへと成熟してきたのではないかとも感じ始めています。

思えばそれはライティングとも、似ているんじゃないかなって思いますね。特に日本では、煌々とした強い光の照明が一般的には好まれています。またその一方では、光と影を愉しめる間接照明が採用される部屋が増えてきているように思います。欧米では間接照明はあたりまえのことですが、今や日本においても、上質の光と影の空間を求める間接照明が増えてきているというのは、とても良い傾向だと思います。アロマの香りは、間接照明のようなもの。香り付けを強く意識したものではなく、成熟した「香り」をゆるりと愉しんでいただけるようになってきているのではないでしょうか。

「何でもかんでもプワゾン」で、きつい匂いを漂わせている人って、もういなくなりましたからね。ほのかな香りを愉しめる環境が整ってきつつあるように私には思われます。

香りの成熟化が進めば、「薬効としてのアロマ」と「ホビーやアクセントしてのアロマ」「化粧品用など香料としてのアロマ」というように分化・住みわけが進んでいくのではないかと思っています。アクセントとしての香りというカテゴリーで言えば、例えばちょっとしたブティックなどで、ほのかに香を炊いているところが増えてきていることなども近年の特長といえるでしょう。お店によっては、オリジナルキャンドルを販売するなど、確かなアロマポリシーを持ってブランド力を高めている例も数多く見かけられるようになりました。

ブランドアイデンティティとして

アロマはブランド力に影響を与えているということですか?

そうです。先ほどのブティックのようにツールとしての香りをうまく利用し、「香り」によるアイデンティティを確立しようとするアロマポリシーの考え方が盛んになってきているんです。

アロマをブランディングに活用するという手法は、シャネルやアルマーニといった超一流ブランドにおいても、すでに採用されていることです。本能をくすぐることができる「香り」だからこそ、ブランドイメージを定着させることに役立つということが知られるようになり、それが実際に行われるようになってきたわけです。
そしてここ日本においても、そこととは広く認知されるつつあります。先ほど「ホビーやアクセントとしてのアロマ」という言い方をしましたが、もはや「デザインとしてのアロマ」と言っても差し支えないかもしれません。

このように現代のアロマは、ブランドアイデンティティの構築に役立つツールとしても重宝されるようになってきています。

日本の香りをアロマに

さらにこれから注目されているアロマってありますか?

そうですね。その一つとして「和の香り」というのが挙げられるのではないかと思います。柚子や竹、紫蘇系の香りなんてのも良いですね。ただ、なぜだかこれらの日本の香りのアイテムは、一つずつの個性が際立っていて、単独では良いけれどブレンドすることが難しいものばかりなんですね。バラやハーブなど欧米の香りのほとんどは、交ぜ合わせることが容易なのですが……。日本人としての脳が、先入観としてそう思い込ませているだけかもしれませんけれどね。「和の香り」をいかにブレンドさせていくか。それは、これからの私たちの課題でもあります。まあ感覚というのは保守的。極めてコンサバにできているみたいですから、そう簡単じゃないかもしれませんね。

ただ日本は「香道」の国。香を炊き、香を聞く。香りを「道」にまで高めているのは日本だけです。そもそも私たち日本人は、香りに対する意識が高かったわけです。香りを表現する言葉にしても、優雅な表現、形而上的な表現が多彩・豊富にありますからね。

その日本の「香りの伝統」と西洋的な概念であるアロマの融合が、一つの新たな潮流を作っていくのではないかと期待しています。

香りの原体験を大切に

香りって、想像していた以上に大切なものなんですね。

どう想像されていたかは知りませんが、「香り」が精神や身体に与える影響というのは、案外多いもんだなと感じられたかもしれませんね。今回は誤解を生んだら困るので控えておきますが、「好きな香りで性格や人柄がある程度わかる」っていうこともありますよ。

またここで特に強調しておきたいののは、子どもたちには良い「香りの原体験」をさせてあげてほしいということ。草むらで寝そべって草の香りを存分に楽しんだ経験、磯遊びで潮の香りを肌で感じた経験、そういったことが、心の引き出しを増やしてくれると思います。先ほど金木犀の話をしましたが、あれは私自身の経験です。秋に金木犀の香りが漂ってくると、今でも学校のことを一瞬にして思い出します。視覚や聴覚とともに、嗅覚に良い記憶を与えてあげることも、自らの人格を形成していく上で、とても大切なことだと思いますね。
このあたりは、アロマとは関係のない話に思われるかもしれませんが、精神のアシストをする役割を持つアロマを、より効果的あるいはより敏感に感じ取れる感覚を、これから成長していく子どもたちには、ぜひ養ってもらいたいものですね。

ありがとうございました。アロマに対する興味がますます湧いてきました。ぜひまた、次回にも興味深い話をお聞かせ下さい。

そうですね。機会がありましたら、また続きをお話しするようにいたしましょう。

市邊 昌史 氏 プロフィール

一般社団法人 国際アロマセラピー科学研究所(ISA)代表理事

日本アロマ環境協会(AEAJ)総合資格認定スクールであるライブラ京都校Aivanアロマセラピースクールを主宰する市邊氏。
スクールではアロマセラピーやメディカルハーブ、さらには食育の講習をするかたわら、元昭和薬大教授の田代眞一氏とともに全国各地で、アロマセラピーのリファレンスデーターベースの講演活動を展開中。

目的

  • 植物薬理学および植物資源学の研究 田代真一(元昭和薬科大学教授)
  • アロマセラピー、漢方医学、ハーブ医学などの自然療法の研究
  • 健康と美、産後ケアなどに対する自然療法の活用方法の研究
  • 植物薬理学を応用した医薬品、健康食品の研究開発
  • 植物薬理学、植物資源学、自然療法の研究者への支援
  • 植物薬理学、植物資源学ならびに自然療法に関する講演やセミナー等の教育普及活動
  • など