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香りのサイエンス 第2回 アロマのプロから学ぶ「香りのサイエンス」

人間と動物の違い

香りというものは、他の視覚、聴覚、味覚、触覚がそうであるように、種族保存のための危険予知・回避、そして食べ物取得という生命維持本能が先にありました。しかし、人類の進化は火や道具を使うという文明の発達に伴い、嗅覚は他の動物とは少し異なって進化をしてきました。
動物は地面に近いところに呼吸器があります。そのため、雑菌を拾わないよう浄化フィルターが必要となり、鼻が長く前に出ています。人間は二足歩行をするようになり、空気浄化の必要性が薄れたため、鼻が短くなりました。それに伴い、人間の呼吸器の嗅上皮の面積や嗅覚受容体の数も減少しました。動物の方が嗅覚は鋭い訳ですね。
もうひとつの動物との嗅覚の違いとして、人間は火を使い調理することを覚えました。これは人類に他の動物にはない風味という後天的な感覚を付け加えました。ラテン語でオルソネイザル(Orthonasal smell)とレトロネイザル(Retronasal smell)という二つの嗅覚経路があります。オルソネイザルが鼻から生じる一般的な嗅感覚・吸気と伴う感覚、レトロネイザルが口中香・呼気と伴う風味の感覚です。人間が食べ物を何でもって自覚するのかというと、一度喉を通った食物が鼻に戻ってくる風味・いわゆるレトロネイザルです。人間は火を使うという調理によりレトロネイザルが発達しました。動物は後鼻腔も長く、人類では発声を伴う呼吸器および食道の仕組みからレトロネイザルをうまく使える構造にはなっていません。我々人類は、風(アロマ)と、味(味覚)である食物を風味という切っても切れない料理という文化にしたのです。

香りと文化

日本語でかおりを表す漢字や表現はたくさんあります。香り、薫り、匂い…、芳しいなどの言葉もありますね。すなわち、嗅覚のイメージは非常に多くあるということです。
これは日本だけではなく、他の国でも同じことが言えます。例えば、英語でもsmellだけではなく、fragrance、aroma、scentなど色々な言葉があります。それだけ色々な表現があり、生活や文化の中に香りというものが深く影響を及ぼしているということは風味でお話したとおりです。
香りは色と異なり客観的に分析することがができません。香りは共通認識を持てる絶対基準になるものをなかなか作れませんし、主観的であり数値による表現などの客観性に欠けます。ただ、視覚は前方しか察知出来ませんが、嗅覚は後方からの異変を察知することが出来ます。自分の周りの空間というものにおいては、その記憶も含めて嗅覚に勝るものはないのではないでしょうか。
来ることを意味します。風味が嗅覚による個性をも無くしていくのかもしれません。

香りの好みと年代

今の40代以上の人は、香りの原体験として、草や土の香りなど生まれ育った土地や風土の刷り込まれた香りが存在するのですが、若い人たちはまた少し感覚が異なってきています。
以前にAEAJの中で、小中高などの学校で香りを教えようというプロジェクトを立ち上げました。私たちの年代は緑の芝生に滑り込んだり、泥の中に入ったりと、洋服を汚して帰ってくるのが普通でしたが、今の子供たちはよほどのことがないと自分からは洋服を汚しません。その辺りの世代における大きな環境の違いがあります。
アロマセラピーの黎明期においてはこれでもかというくらいの濃い香りによるアロマの香りの意識付けが存在しましたが、アロマセラピーが認知され浸透した最近は、ほのかな香りを上質に楽しむような時代になりました。
上段で嗅覚と味覚での風味についてお話をしました。この風味という嗅感覚は非常に後天的なもので、体験によりすり込まれ積み重ねられていくものがほとんどです。それぞれの家の味付けなど地域、風土による環境の影響が強いのです。しかし、これからは家に包丁がない時代になっていくでしょうから、おそらく加工食品などを食品スーパーやデパートなどで買って食べる時代になってきています。それは労働対価に比べて自宅で料理する対価が見合わないので総菜を買うという合理性から時間を買っているということなのでしょう。今までは家庭ごとに多様であった風味の刷り込みがレトルト食品などで風味が画一化して来ることを意味します。風味が嗅覚による個性をも無くしていくのかもしれません。

香りとストーリー

もともと香りの記憶は本人の過去の体験と非常に密接に繋がっています。ですから、経験から来るストーリー性(ナラティブ)を非常に好みます。
例えば、トリートメントサロンに5種類の香りがあるとします。「5種類から貴方の好みの香りを選んでください、その香りでトリートメントをさせて頂きます!」というより、リラックスしたいというお客様に「リラックスにはこの香りの効果が貴方にはおすすめですよ!」と白衣を着た人やお医者さんに示されると効果がよりあるようになりますよね。
このように香りの効能というのは、ご本人の意識と体験に裏打ちされたナラティブなものに大きく左右されるものなのです。

香りの二面性と睡眠

香りには二面性があります。香りの濃度が薄い場合は鎮静、濃い場合は興奮・活性の効果があります。鎮静で有名なラベンダーの香りでも、やはり香りが濃いと鎮静にはなりません。
睡眠において、最初ノンレム睡眠といって深く眠りますが、そこに入る最初のうたた寝、本人の意識は寝ていないように思う時間が最初の5~10分ほどあります。その時に香りをうまく利用する必要があります。完全にノンレム睡眠に入ったら、脳は寝てしまっているので香りはあまり必要ありません。意識の中以外でほのかに香らせて、いかに寝やすくするかが大事でしょう。
目覚めにおいても良い香りがあれば理想的ですね。しかし、同じディフューザーに香りを変えるのは少し難しいですね。現状では、入眠に使用していたものとは別のディフューザーでタイマーをかけるという方法になってしまいますね。できるのであれば、朝は少し濃いめの柑橘系の香りなどが良いです。元々私たちは霊長類であり果実を食べて生きていましたからね。
眠りにつく前には残り香くらいが丁度良い、明るさも月の明かりが襖の隙間から見えるぐらいが丁度良いと。先人はすごいですね。

成熟した「香り」

部屋の照明は、以前は煌々とつけていたのが、最近は間接照明がかなり多くなってきていますね。ホテルなどは以前からそうでしたが影を利用する明るさ、影があることによって明かりがより映えるのです。五感の中で聴覚である音においても、静けさというのは全くの無音ではなく、ささやかな音、例えば小川のせせらぎや小鳥のさえずりを聴くことによって静けさをよりいっそう感じるのですよね。香りも同じように、今までは電気のポンプによってディフューザーで強制的に香らせるのが主流でした。しかし段々と、ほのかに、意識したら香るという種類のものがこれからの成熟した香りとなってきています。現にボトルにスティックを挿すタイプのものが主流になりつつありますね。
ほのかな香りは、「癒し」にとって重要な因子です。五感をトータルに考え、香りをうまく活かして利用することはストレスに非常に有効な手段となりますね。香りやアロマセラピーの効果が何であるかということではなく、他の五感を含めたホリスティックな複合感覚環境を考えるのが大事になってきますね。

市邊 昌史 氏 プロフィール

一般社団法人 国際アロマセラピー科学研究所(ISA)代表理事

日本アロマ環境協会(AEAJ)総合資格認定スクールであるライブラ京都校Aivanアロマセラピースクールを主宰する市邊氏。
スクールではアロマセラピーやメディカルハーブ、さらには食育の講習をするかたわら、元昭和薬大教授の田代眞一氏とともに全国各地で、アロマセラピーのリファレンスデーターベースの講演活動を展開中。

目的

  • 植物薬理学および植物資源学の研究 田代真一(元昭和薬科大学教授)
  • アロマセラピー、漢方医学、ハーブ医学などの自然療法の研究
  • 健康と美、産後ケアなどに対する自然療法の活用方法の研究
  • 植物薬理学を応用した医薬品、健康食品の研究開発
  • 植物薬理学、植物資源学、自然療法の研究者への支援
  • 植物薬理学、植物資源学ならびに自然療法に関する講演やセミナー等の教育普及活動
  • など