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狭間研至氏 連載 在宅医療を考える 第4回 理想の職場ってあるのか?

ファルメディコ株式会社 狭間研至氏 連載 在宅医療を考える

医師になって20年。薬局の社長をして12年。いろいろな立場で、いろいろな人の転職や退職を見てきました。一緒に働いていたメンバーが、仲間から去っていくというのは、やはり、なんとなく寂しいものであり、とくに、自分が代表を務めている薬局の場合には、何か、社員の期待に応えられなかった無力感や、あぁすればよかったのではないかという後悔が強く残る場合もあり、ときには、トラウマのように引きずってしまうこともあります。
病院やクリニックでは、医師や看護師、薬局では薬剤師、そして、その双方での事務スタッフなどをお迎えしたり、送り出したりする現場で、いつも感じてきたのは、みんなそれぞれの理想の職場を探しているんだなということです。

とはいえ、毎日働いているといいことばかりではありません。もちろん、良いスタッフに恵まれて楽しかったり、自分の存在が認められてやりがいがあったり、はたまた、患者さんに感謝されてうれしかったりと、よいこともありますが、日常業務の中では、当然のことながらよくないこともあります。人間関係で悩むこと、自分のやった仕事が認められないこと、患者さんが自分たちの苦労をわかってくれないことなど、ため息が出る場面は誰しもあるものですが、ある程度、これが続くと、「職場を変わろうか」という気持ちになることは無理もありません。

とくに、今、医療の業界では、患者さんの医療者への認識は以前とは異なるようになってきましたし、人間同士のコミュニケーションのあり方がICTの活用などによって少し変化しつつあります。そして、医療現場での人材不足は、いわゆる「売り手市場」となっていて、話がこんがらがってくると、次の職場を探そうかという気持ちが芽生えるのは、ある意味、当然のことでしょう。

もちろん、しかるべき時期に、職場を変わったり、自分の業務の内容を変えたりして、さらによい医療が提供できるように活動することは、当然のことです。しかし、中にはちょっと気になるケースがあることも否めません。業務や職場の人間関係でのいきづまりは、場所を変えると、一旦はなくなります。今まで自分の周囲にあったしがらみは、職場環境を変えることで、一旦は、すべて精算されてしまい、身も心も軽くなったように感じることでしょう。
そして、今度は、同じ過ちをしないようにという思いで、いろいろと手を尽くして探し、実際に見学にいき、面接をし、自分なりの決断をして転職します。今、売り手市場ですから、職場の選択は、文字通りよりどりみどり。まさに目移りするような感覚の中で、次の職場を探すことができるのは、現在の医療専門職のおかれた、ちょっと特殊な環境かも知れません。ただ、場合によっては、また、次の転職先で、やはり理想と現実のギャップについて悩み、比較的短期間で転職を繰り返す方もいらっしゃるようです。

私自身も、外科医から薬局経営者に大きなキャリアチェンジをしたわけですし、自分自身の会社を見てみても、また、世間一般を見てみても、終身雇用の時代ではなくなってきています。いろいろな不満を抱えながら、長くいることはいいことだということのみで、じっと耐えて毎日仕事に向かうということが良いとは限りません。しかし、今の薬剤師を含めた医療の業界は、少し変則的な状況に置かれているのではないかと思います。

このような状況で、私自身が考えてきたことがります。それは、問題の本質は外部ではなく自分自身にあることが多いのではないか、ということです。

職場での居心地が好ましいモノでなくなっていったり、仕事にやりがいが感じられなかったり、はたまた、その人間関係や周囲との関係に悩みが生じたりという問題は、世間一般でよく見られるものです。これらの原因になっているのは、上司や同僚、また、周囲の他の医療職種や患者さんとの毎日の関わりのなかで、少しずつ蓄積していく悩みのようなもののことが少なくありません。給与や休日の多寡、仕事の内容、自分自身が期待される役割などが今ひとつ自分の理想とそぐわないなと感じていた時に、だめ押しになるような出来事が起こると、転職の二文字が頭をよぎるのは無理もありません。
しかし、問題の本質は、外部になく自分自身にあることも少なくないのです。今の忙しさや居心地の悪さ、それらに伴う評価の低さなどは、全てではないにせよ、自分自身の行動の結果でもあります。全ての責任が自分にあるわけではないのと同様、全ての責任が外部にあるわけではありません。毎日の出来事や現象を主体的に捉え、今一度、自分の見方や考え方を変えることができないか、ということを考えてみることは、重要なことだと思います。

いつも思うのですが、真に座り心地の良い椅子は、探すものではなく、作るものです。どこかのだれかが、あなたにとって最高の椅子を用意して、ホコリを払って、「さぁ、どうぞ。お待ちしていました!」というようなことは、ありません。一から作ってもよいですが、普通は、現在の椅子に座ってみて、気になるところがあったら、少しずつ時間をかけて、自分の好みに作り上げていくことで、ようやく、本当に気に入った、座り心地の良い椅子ができあがるのではないでしょうか。

企業のファイルを熟読して、比較検討することはもちろん大切です。しかし、どこかに、理想の職場があるはずだと、自分自身の問題に意識を向けることなく、外部にばかり目を向けていると、いつまでたっても気に入るところがなく、転々としてしまうこともあるのではないでしょうか。メーテルリンクの「青い鳥」という童話は、幸せの青い鳥を探し求めていろいろなところに出かけていくのですが、結局は自宅にいたというお話ですが、非常に示唆に富んだ寓話だと思います。
先ほども申し上げたように、終身雇用の時代ではありません。また、しかるべき時期にしかるべきところへのキャリアチェンジや転職は必ずあります。しかし、実際に行動に移す前に、今いらっしゃる職場で、まずは、自分からアクションを起こし変化させられることはないかを、乾いたぞうきんを今一度絞るような形で考え直してみることは大切だと思います。

理想の職場は見つけるものではなく、作るものなのかも知れませんから。

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