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狭間研至氏 連載 在宅医療を考える 第7回 薬局や薬剤師にパラダイムシフトがおこる

ファルメディコ株式会社 狭間研至氏 連載 在宅医療を考える

パラダイムシフト、という言葉をお聴きになったことはあるでしょうか?カタカナ語なので、わかったようなわからないような感じもあるのですが、基本的には「ある時期、時代に当たり前と考えられてきた思想や概念ががらっとかわってしまうこと」を指すようです。そういう意味では、薬局や薬剤師は今、まさに「パラダイムシフト」が起ころうとしている、いや起こりつつあるのだと考えています。
この30年ほど、薬局は「病院に隣接し、薬が置いてある場所」薬剤師は「薬を取り揃えて、説明して渡してくれる人」という風に考えられてきたのではないでしょうか。ただ、時代は変わりました。高齢化が進み、急増する医療ニーズに、急増しない医療従事者がどう応えていくのかを考えると「チーム医療」「情報共有」「スキルミックス」ということが重要になってきました。少子化も同時に進んできた我が国では、国民医療費の高騰は国の財政を圧迫するだけでなく、「働く世代が高齢者を支える」という国民皆保険制度を成り立たせることは難しくなり、医療と介護の連携、医療機関から在宅・介護施設へという流れがいよいよ本格的になりつつあります。さらには、薬剤師を育成する薬学教育課程が従前の4年制から6年制に変化しました。高校を卒業したあと薬学部に入り、卒業して国家試験をパスすれば薬剤師になるという現在の薬剤師育成のシステムの中で、教育課程が大きく変わるということは、そのアウトカムとしての薬剤師の在り方も、ドラスティックに変わらなければなりません。

こういった背景のもと、私が自分の薬局を運営したり、薬剤師生涯教育や薬学教育に携わるなかで考えてきたのは、「薬局とは一体どういう場所か」「薬剤師とは一体なにものか」という比較的根源的な問題でした。というのも、私自身に差し迫った問題があったからです。
もし、薬局が病院との距離が近くて、薬がきちんと備蓄されていれば成り立つというのであれば、病院の近くの土地や場所を押さえることができる薬局が市場を独占していくでしょう。弱小薬局である私の会社は生きていくことが困難です。また、薬剤師が薬を説明して渡すだけであれば、機械化とICT化は薬剤師の仕事をどんどん効率的にしていく一方で、別の観点からすれば、薬剤師の仕事を奪っていくわけです。とすると、薬局の在り方そのものを根本的に見直さなくてはならなくなりますし、薬剤師の職能について、社長として考え直さなくてはならなくなりました。
ある意味、困り果てていたときに、自分が医師として診ている患者さんに関する問題が、薬局・薬剤師と連携すれば解決の糸口をつかめることに気がつきました。それは、在宅訪問診療の患者さんが様々な症状を訴えられた時でした。
医師である私は、食欲不振やせん妄、パーキンソン様症状など、患者さんの状態が変化すると、基本的に病状が悪化したり、新しい病気が発生したりしたものだと考えます。もちろん、そういう場合もあるのですが、時には、たくさんの症状に1つ1つ対応しようとすると、投薬も増えるし、治療は複雑になるし、患者さんも混乱してしまい、一体何がどうなっているのかを捉えづらくなってしまうことを少なからず経験してきました、しかし、2つの段階を経ることによって、この問題が解決の方向に向かうことがしばしばあったのです。

1つめは、自分の訪問診療の現場に同行させることでした。もともとは、診断名や処方意図などが共有できればいいなというぐらいの気持ちで始めたのですが、薬剤師が自分の「見立て」を医師である私に伝えてくれるようになってきました。最初はちょっと驚いたのですが、よく考えると、今までの薬剤師は、「薬を渡すまで」の仕事をしてきたので、自分が調剤した薬をのんだ患者さんが、その後どうなるかを見ることもなければ、考えることもなかったわけです。ただ、一旦見てしまえば、薬剤師の頭の中にいろんなことが思い浮かぶということに気がつきました。そのほとんどが「薬の副作用」という見方です。驚くべきことに、私が、「新しい症状」「病状の悪化」と思ってきた症状の多くは、薬剤の副作用でありました。こと高齢者においては、薬を増やすのではなく、減らすことが正解だとわかる事例が相次いだのです。そうなると、診療の現場で、患者さんが何か新しい症状を訴えられたときに、薬剤師さんにまず薬で起こっている可能性がないかどうかを確かめるというクセが付きました。
2つめは、薬剤師による単独訪問を始めたことでした。私と一緒に考えた処方が、きちんと効果を現し、副作用を示していないかを、次回の私の診察までの間に患者のもとを訪れアセスメントをするということにトライしました。これによって、薬剤師は経時的に患者さんを見ることができるようになり、私の診察につく前に、いわば「予習」ができるようになるとともに、様々な処方の提案を、薬剤師の立場から薬学的に行えるようになってきたのです。

このような2つの取り組みをすることで、まさに、私にも、そして私どもの薬局の薬剤師にも大きな変化が起こりました。すなわち、「薬剤師は、薬を渡した後の状態を確認し、前回の処方の妥当性を薬学的に評価。必要に応じて、医師に種々の提案を行い、薬物治療の適正化を図る」ということになりますし、「薬局は薬剤師が専門性を発揮して活躍するための拠点として、様々なソフトとハードを揃えている場所」ということになったわけです。
こういう風に見方を変えると、薬局というビジネスは、立地のみに依存することはなくなりますし、薬剤師という仕事は機械化やICT化という時代の変化を前向きに捉えることができるようになりました。さらに、このことは、医師にとってみると薬物治療における新しい治療戦略を薬剤師とともに構築できるということになりますし、何より、我が国が直面する医療の問題を解決することにつながることがわかりました。

まず、急増する医療ニーズに、薬剤師という医師数と比肩する医療専門職を有機的に組み込めることで対応できる可能性が高くなってきたからです。しかも、教育年限が6年制になって10年が経過し、やはり、着実に薬剤師の在り方は変わっていますので、この変化はさらに加速していくのではないでしょうか。
次に、薬剤師がきちんと入ることで、薬物治療の適正化が起こり、薬剤投与が減少する例が増えていきます。それとともに、有害事象に対して行われる新たな医療も回避することができるようになります。また、多少世知辛い話ですが、コストの高い医師を動かさずに、薬剤師が薬物治療の効果を判定し、医師と連携していくことができれば、医療費の高騰をさらに抑えることができるのではないかと思うのです。
パラダイムシフトの最たるものは、天動説から地動説だったそうです。そのような、まさにコペルニクス的転換が起こるというのは世の常だと思います。薬剤師が薬を渡すまでの仕事から、薬を渡したあとも継続的にみる仕事に移るという、パラダイムシフトは、もうそこまで来ているのだと思います。

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