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INTERVIEW 子育ての経験は薬剤師にとってのキャリアになる~医療現場に活かすべき「生活者の視点」とは~

NPO法人ママワーク研究所
副理事長

阿部 博美さん

有限会社八幡西調剤薬局
統括マネージャー

中村 守男さん

女性薬剤師さんの産休・育休からの復職について、女性の復職支援を行うNPOと、調剤薬局のマネージャーという立場でそれぞれ活躍されているお二人にお話を伺いました。

  • UNIV

    まずはお二人のご経歴からお伺いします。阿部さんが現在の「女性の復職支援を行うNPO」を立ち上げたきっかけをお教えください。

  • 阿部

    私はもともと、女性や主婦の方々の感性を活かしたマーケティングを行う会社の仕事に携わっていたのですが、仕事を通じて自分が出会う人の数には限界があって、このままではいつまで経っても世に大勢いる女性や主婦を救えないという感覚をどこかに持っていたんですね。
    そんな時に、今の「ママワーク研究所」を一緒に立ち上げた代表の田中と出会い、「子育てを機にリタイアした人の再復帰を支援したい」という共通の思いで意気投合して、それがNPOを立ち上げたきっかけでした。現在は、復職したいという女性達に向けたセミナー開催や、一方で企業側に向けた働きかけ、啓発活動等を行っています。

  • UNIV

    中村さんのご経歴をお聞かせください。

  • 中村

    私は薬学部卒業後、チェーン薬局での勤務を経て、現職の八幡西調剤薬局に勤務して今年で10年になります。店舗での勤務薬剤師、管理薬剤師の経験を経て、現在は統括マネージャーという立場で薬局の運営や、マネジメントに従事させて頂いております。採用・人事・広報という部分が私の今の主な仕事ですね。

  • UNIV

    阿部さん、中村さん、お二人の出会いはお互いのNPOの活動を通してだったと伺いました。

  • 中村

    そうなんです。阿部さんと出会ったのは、私が携わっていた父親の子育て支援のNPOの活動を通してでした。当時も、今の八幡西調剤薬局で薬剤師として勤務していたのですが、薬剤師として薬の専門知識だけに捉われるのではなく、患者さんの生活により近い支援をしたいという想いがあり、また自分に子供が生まれたという環境もあって、このNPOを立ち上げたんですね。その活動を行う中で、自然とお顔を合わせる関係になりました。

  • UNIV

    私達ユニヴは薬剤師の就業支援・復職支援を行っておりますが、「子育てや育児で仕事を一度離れ、復職していない方」が非常に多いという実情を目の当たりにしています。お話にありました通り、女性の復職支援を行っておられる阿部さん、また女性が多く活躍される薬局の現場をマネジメントしておられる中村さん、お二人からのご意見を伺いたいと思うのですが、女性が「働きたい」という気持ちを持ちながらも中々復職できない要因はいったい何なのでしょうか。

  • 阿部

    そうですね、女性の特性としてまず「怖いところに近づかない」というのがあって、少しでも不安があると最初から諦めてしまうんですね。もし子供が病気になったらどうしよう…という不安。代わりがいなかったら他の人たちにしわ寄せがいって迷惑をかけてしまう… その迷惑を掛けてしまう自分も嫌なんです。でもこれは意識の部分がとても大きくて、勿論全てのケースに当てはまる訳ではないですが、例えば何か問題があった時に、自分が居なくても分かるように書類は必ずきちんと置いておくとか、何か貼っておくとか、極力迷惑を掛けないような体制をしっかりと敷いておく事で解決出来る事も多いんです。勿論一朝一夕では難しいですし、現場の理解と協力も必要です。でも、やり続ける事で必ず環境は改善されていきます。
    自分だけが迷惑を掛けてしまうという感覚は間違いで、持ちつ持たれつ、出来ない事はそれ以外の所でカバーする、という意識を持つ事も必要だと感じます。

  • 中村

    なるほど。私の経験上なんですが、子育てをしている女性、男性も然りですが、例えば雑談の中で自分の子供の話が出てくるとか、写真を見せる機会があるとか、他のスタッフに共有する時間があると、「可愛いね〜」とか「何歳になったの?」、「最近どんな事が好き?」という話題に自然となります。そういう会話を積み重ねていって、他人事でなくなってしまうと、例えば病気になって突然抜けるという時に「心配だよね、気をつけて行っておいで」と言える関係性になっているんですよ。
    うちの薬局のスタッフの子供が病院にかかったあとに薬局に来ることがあるんですが、子供に直接会っていると、本当に近所のおっちゃんとか親戚の様な気持ちになってしまって、心配しちゃうっていう(笑)。薬局の仕事は自分たちのデスクワークだけで切り盛りできませんし、夕方以降に患者さんが増えることがあるので、早く抜ける事に気が引けるという気持ちはよくわかります。だけど、できないものはできないので。阿部さんがお話されたように、そこで「じゃあどうするか」っていうと、例えばその時間帯に4人から3人に減ります、じゃあ3人で現場を回すための下準備というのはそれまでの時間にもきっとできる訳で、自分ができることを考えて、周りのメンバーに配した環境・体制作りに貢献する事は必要なのかなと思います。

  • UNIV

    「産休育休期間に現場を離れていた事」に対する不安感を持つ方も少なからずおられると感じていますが、離れていた時間=ブランクに対する気の引け目、というような感覚はありますか?

  • 中村

    そうですね。この業界は日進月歩で新しい薬や新しい適応症が増えていくので、その期間が例え半年でも1年でも、知識に関する不安は少なからず出てくると思います。それはもう否めない部分なので、勉強して覚えるしかない。だけど、逆に言ってしまうと覚えてしまえばいい話なんですよね。
    例え現役で働き続けている人でも、扱う領域が異なってしまうと、離れている部分の知識って薄れてしまっていくんですよね。そういう視点で見ると、「現場を離れている期間」を変に難しく考えすぎたり、構えすぎたりしてしまうという感覚はあるかもしれません。
    ただ、そもそもですが、私は子育て期間をブランクだと思う事自体が間違いだと思っていて…一旦「医療人」という立場を離れて「生活者」という立場になることで、実は患者さんの生活やその人の背景を想像する能力が物凄く高まっているんですよね。例えば、夜中に子供が咳が出て大変だといって来局された患者さんに「一日3回飲む咳止めです。今日のお昼から飲んでくださいね。どうぞ」ってお渡しすればいいんですが、うちの薬局の子育て経験があるママさん薬剤師だとそこに、「そうなんですね、お母さんも夜中眠れなくて大変でしたね」という一言が添えられるんですよね。それだけでお母さんの気持ちがちょっと救われるんです。薬の説明だけじゃない気持ちの部分のフォローができるのは、やはり生活者を経験している人の方が圧倒的に強いですね。

  • UNIV

    離職期間をブランクと捉えがちですが、子育ての経験は「生活者の目線」として、現場に活かせるのですね。

  • 中村

    そう思いますね。特に女性は共感能力が高いので、先ほどのお母さんの「大変でしたね」というような一言で共感し合うと、患者さんと医療人の間が一気に縮まるんですよ。そこから薬剤師のファンになっていく…この共感力、生活者の目線というのは、子育てを経験した女性ならではの強みだと思います。

  • UNIV

    これからの「かかりつけ薬剤師」というキーワードを見据えてみても、きっと共感力・人間力のある方が、求められる医療人としての像に近いのでしょうね。

  • 中村

    これまで調剤薬局は「薬を渡す場所、薬を説明する場所」だったのが、「食事の事も、睡眠の事も、運動の事も排泄の事も、薬局が全部まとめてお世話しなさいよ」という方向に変わってきています。これからの薬局がその「健康サポート薬局」にシフトしていくときに、子育てや介護を経験した人がその能力を発揮する機会はどんどん増えていくと思います。実際、調剤薬局という箱の中で薬の勉強だけしてきた方や、店舗運営の事ばかりを考えてきたキャリアの方達が、そういう生活者の目線に立った、患者さんへのアドバイスや新しいサービス、価値を提供できるかというと、それはやはり難しいと思うんですよね。「自分たちの生活の中ではこうだよね」というのが感覚として分かる人をチームの中に入れておくのは、今後の薬局運営にとても重要な事ではないかなと、企業側の人間としてはつくづく思っています。

  • UNIV

    今後の「かかりつけ薬局」を目指す動きの中で、企業側として「活躍できるフィールド」を整える事ができれば、生活者の目線を持ったママ薬剤師達の活躍の幅は、大きく広がっていきそうですね。

  • 阿部

    私達のNPOの活動の中で、「ママドラフト会議」という主婦と企業を繋ぐイベントを運営しているんですね。そのパンフレットには「私たちの時間ではなく、能力を買ってください」と書いているんです。今の世間一般的な求人広告のほとんどが「時間」なんですよね。この「時間を拘束すること」に対価を払っている。でも、「その時間枠はフルタイムで出られないけど、この仕事なら私はこれだけの時間で出来ます、他にこんな事もできます」という人もいるんですよね。そもそも企業側が出している時間的な条件にピッタリと合致する主婦の方は、なかなかいないので「私の希望はこうなんです。それでもスキルは持っていますよ、ぜひ私を活用してみませんか?」という発信ができる場を作りたいと思いました。

  • UNIV

    すごく前向きな取り組みですよね。弊社が行っている薬剤師の就業支援サービスでは必ず、「面談」という形で一度カウンセリングの時間を設けて、その人の特性や強みを最大限に引き出して、企業側の求める人材ニーズとの折衝を行う、ご提案をさせて頂くというスタイルをとっているんですね。ネーミングセンスが素晴らしいので、お言葉を勝手に借りてしまいますが(笑)、私達の就業支援は「個別のドラフト会議」を行っているというような感覚でお話を伺っていました。これまで薬剤師に対する評価の大部分を「スキル」が占めていましたが、どれくらい早く的確に調剤ができるか…というのはこれから機械に取って代わられていく時代ですので… 私達がプロとして介在する事で、薬剤師の手技的な部分だけでなく、人間力も含めた提案が企業側にできて、薬剤師本人にとっては強みを発揮できるフィールドでの活躍、受け入れ側にとってもそれがプラスに働くという出会いになればベストですよね。

  • 中村

    国が「薬局さん変わってくださいよ」と言い始めたのも2016年4月からなので、まだまだ企業側の価値観としても旧態のままのような気がしています。ただ、業態を変えないといけないのはもう必須ですよね。これから変わっていくことは間違いない。
    うちの薬局にも現在薬剤師15人が勤務していますが、うち8人が女性なんです。全員20代〜30代で、育休中が2人、妊婦さんが1人、育休明けの人が1人。これから10年位の間はスタッフが産休や育休を経て、「生活者」へと切り替わっていくんですね。その人達をどう活用していくのかが、まさしく企業の課題になってくるんですよね。現場をマネジメントする立場としては不安もありますが、非常にやり甲斐があります。この力を活用する事が出来ればこれからの「健康サポート薬局」という形に流れを組み込んでいけるのではないかなと思っています。

  • 阿部

    私もこれまで10年位住宅設備のショールームのコンサルティングに関わってきましたが、中村さんのお話にすごく共通しているな、と。その当時のショールームの案内は綺麗なお姉さん、独身のお姉さんばかりだったんですよ。住む家=まさしく生活感の提案の場であるにも関わらず、そこのスタッフにまったく生活感がなかったんですね。しかも適齢期になって結婚して…そして退職していく…。全く一緒、同じ危機感ですよね。現場の改善は、まさしく生活者の目線を落とし込んでいくというコンサルティングでしたね。10年が経つと、結婚して、育休から帰ってくる人も出てきて…段々社員の中に生活感が醸成されてきています。薬局さんはまさにその段階なんでしょうね。今後、女性の活躍がますます期待できる業界ですね。

  • 中村

    本当にそうですね。薬剤師って一連の医療行為の中でいくと、「病院を受診して診察を受けて、処置を受けて、薬局で薬をもらって帰る」所の一番最後に出会う医療人なので、実は一番生活者の視点が必要になる。これからますます生活者の視点、ママ薬剤師さんの能力を発揮すべき場所になっていくと思います。

  • UNIV

    お二人のお話が、今後の業界におけるママ薬剤師さん達の活躍のきっかけとなる事を切に願っております。本日は貴重なお話をありがとうございました。