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狭間研至氏 連載 在宅医療を考える 第10回 薬剤師を変えるたった1つのこと

ファルメディコ株式会社 狭間研至氏 連載 在宅医療を考える

はじめに

10年ぐらい前から、薬剤師さん向けにたくさんの講演会やセミナーを担当させていただけるようになってきました。最初は、私も自分のつたない経験をもとに、ここは大切なのではないかとか、こんなことを経験したとか、困っているところはここだと思うといったことをお話させていただいていました。
もちろん、現在も、実際に地域医療の現場で医師としてだけでなく、薬局経営者としても活動してきた中で気がついたことをお話しているということは変わらないのですが、自分の経験のみならず、いろいろな方とお話するなかで、最大公約数的というか、多くの事例で普遍的に存在する何かに気がつくようになってきました。

60分なり、90分なりお時間をいただいてお話するときに、内容がどうこうというよりは、ご参加いただいた方が、「あぁ、来て良かった!」と思っていただけるような何かをお伝えすることができれば、と思ってきたのですが、ようやく、最近、これ!というものにたどり着いたように感じるようになってきました。今回は、悩める薬剤師を変えるたった1つのことを、皆さんに改めてお伝えしたいと思います。

薬剤師が悩んでいる理由

どんな人も悩みを持っているものです。多少、哲学的になりますが、人は生きている限り、悩みを持っているのでしょうし、悩むことは生きていることの証なのかも知れません。ただ、現在の薬剤師の悩みは、結構、根深く、深刻です。
薬剤師が悩んでいるといってもその理由は様々ですし、人それぞれだとは思うのですが、私が感じる最も共通の悩みは、自分の専門性や存在感が希薄になってしまい、自分が欠くべからざる存在ではないのではないかと思ってしまうことにあると思います。
もともと、医薬分業が始まって20年ぐらいの間は、薬局・薬剤師は「薬を置いてある場所」「薬を準備し、説明して渡してくれる人」と認識されてきたのではないでしょうか?薬が手に入りにくく、もし手に入ったとしてもその薬の情報がほとんど得られなかった時代において、薬局という場所や薬剤師という国家資格者は重宝されたと思いますし、専門性もあったと思います。
しかし、この20年ぐらいで時代は変わりました。いわゆる宅配便の整備により、個人にものが届きやすくなりましたし、インターネットの普及、ユビキタス社会の到来によって、いつでもどこでも気がついたときに手許の携帯端末でクリックすれば、早ければ当日中に指定の場所に品物は届くようになりました。
また、専門的な情報を一般の方が知ることは極めて難しかったのですが、前述のごとく、インターネットの普及、ユビキタス社会の到来によって、どんなことも、瞬時に調べることができるようになったわけです。
今までは、薬というモノを供給し、その薬についての情報をお伝えするという「モノ」と「情報」の専門家として、薬剤師は専門性を保ち、存在感を発揮することができたのですが、物流網の整備とインターネットの普及は、外部環境を大きく変えてしまったわけです。

伸長するビジネスモデルとは裏腹に

一方、「調剤薬局」ビジネスは、極めて順調に発展しました。1974年に0.1%だった処方箋発行率は、今や40年あまりが経って70%まで拡大しています。当初は年間100万枚近くだった処方箋が、今や8億枚を超えるようになり、市場は800倍に広がったわけです。そのため業界としては活況を呈し、上場企業がいくつも輩出されただけではなく、各地域には数十店舗の薬局が林立するという状況になりました。また、急速な薬剤師ニーズの上昇がおこり、需給バランスが崩れたこともあり、薬剤師の給与ベースも上昇しました。これはこれでよいことなのですが、このビジネスモデルが伸長するかげで、いくつかのことが見過ごされてきたのではないかと感じています。
いつも講演でも申し上げることなのですが、お金は人生で最も大切なものではありません。家族や友情や社会とのつながりなど、人生においてお金よりも大切なモノはたくさんあります。しかし、お金は人生で最も大切なものの1つです。だから、私たちの行動や考え方はお金の影響を色濃く受けます。
自分が所属している業界や会社が大きくなる、そして、自分の給料も上がる、就職条件も良くなるというのは、非常に良いことです。処方箋に準じてお薬を準備してお渡しするということを、早く、正しく、解りやすく行えば、経済的に上手くいくのだということに、私も含めて、業界全体が夢中になったのだと思います。
しかし、「門前薬局」「袋詰め」など様々なことを言われるとともに、店頭では患者さんとそれほど深いコミュニケーションが取れるわけでは無く、正確性や迅速さだけを求められる仕事に、これからの展望が描けなくなっているというジレンマがあるのではないでしょうか。それが、前述のような「モノ」と「情報」の専門家であることの限界で、物流とインターネットの発達がさらにその限界を明確なものにしているのだと考えてきました。

調剤を担当した患者の状態を見さえすればよい

このジレンマは、大変根深く、また、いわゆる医薬分業における薬剤師のあり方そのものに関係しているので、一薬剤師の立場ではいかんともしがたいと感じておられる方が多いのです。また、薬局の社長にとっても、「調剤薬局」というビジネスモデルの根幹に関わるので、どうしようもないと諦めているところがなくはありません。
しかし、私は、たった1つのことをすれば、薬剤師も薬局ビジネスのあり方も大きく変わると考えてきましたし、実際、自分の薬局でやってみるとそうなりました。それは、「調剤を担当した患者の状態を薬剤師が見る」ということです。これは3つの利点をもたらします。
1つは、薬剤師が専門性を発揮できるということです。薬剤師は、薬理学や薬物動態学、製剤学といった専門的知識を有していますが、これは、薬が体に入った後どうなるか、ということを解き明かすときに用いる学問です。そういった意味では、服用後の患者の状態を見れば、自分の専門性が発揮できるということです。
2つめは、薬物治療の質が上がるということです。調剤したあとフォローすることで、コンプライアンスの問題はもとより、効果が不十分な場合や副作用が出ている場合を自分で見つけることができます。医師は、このような場合には、お薬を増量したり種類を増やしたりしますが、薬剤師であれば、薬学的にその謎を解いて、結果的には現在の服用薬の調整(多くは減少や減量)につなげることができます。
3つめは、薬剤師と患者や、医師や看護師との関係が一変するということです。今、薬剤師の認知度がそれほど高くない理由は、薬という「モノ」を担当する職種で、今やインターネットでもアクセスできる「情報」の専門家だと認識されているからだと思っています。それが、患者の病状に直結する専門的な謎解きができる職種だという風に認識がかわれば、薬剤師も他の医療従事者と同様に「ヒト」を担当する職種で、薬学部という専門的な学部で専門性の高い知識や技術を習得したからこそ決断できる専門性の高い職種だと認識が変わるのです。
このようなことは、今まで薬剤師にはなじみが無かった仕事ですが、薬剤師法25条の2に指導義務が加わったことから、むしろ義務になったと言えます。

おわりに

平成25年10月に「患者のための薬局ビジョン」に示された様に、今後、対物から対人へという方向で変わっていくでしょうし、何より、薬局のあり方が立地依存から人材依存・機能依存へとシフトしていくなかで、「早く正しく出せる薬剤師」ではなく「患者の謎解きができる薬剤師」が求められるようになっていくはずです。このことは、日本のほとんどを占める中小薬局に、今後の展望を大きく開くものだと思います。
薬剤師にとっても、薬局経営者にとっても、そして、なにより患者さんにとっても、「薬剤師が調剤後も、患者の状態を見る」というたった1つのことが、現在もつ悩みを変えていくのではないでしょうか。

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