薬剤師のための心と身体のスタイル提案マガジン ファーストネットマガジン

栄養学 第4回 薬剤師が知っておくべき食事と栄養の話

栄養学 連載新宿溝口クリニック院長 溝口徹(医師・寄稿)

この連載では、“食と栄養”が人の健康に密接に関わっていることと、“食と栄養”の正しい実践が多くの病態を改善させること、そして、身体に吸収された栄養素がどのように作用して病気の改善に役立っているのかについて、例を挙げながら説明していきたいと考えています。

糖質制限食を正しく理解する

食事方法については、いつの世も流行り廃りがあるようです。
特に女性のダイエットに関係すると、様々な食事方法が提唱されます。そんな流行の移り変わりが激しいなか、ここ数年注目されているのが『糖質制限ダイエット』です。最近では、この流れから出ている『ケトジェニック・ダイエット』も糖質制限食に近い食事方法といえると思います。

この食事方法は、糖尿病の食事法として紹介されたことによって広く知られるようになりました。そして多くの患者さんが糖質制限食を導入することによって、糖尿病が良くなるだけでなく、無理なく体重が減り、しかも筋肉が減りにくいということが多く報告されるようになったのです。そのため、筋肉を保ち元気に無理なく痩せるということで、ダイエット志向の女性たちに知られるようになりました。

さらに、糖質の摂取を厳しく制限することによって血液中に増えるケトン体を利用することが、がんの患者さんや精神疾患に対する食事方法として試みられています。
この記事の読者である薬剤師さんは、糖質制限食について専門家としての知識をお持ちいただくことが重要なのではないかと考えます。糖尿病やダイエットだけでなく、実は多くの不定愁訴に対しても、正しく糖質制限が導入されることによって効果が期待されるのです。

はじめに生理学的、生化学的な基礎についておさらいしましょう。3大栄養素のうち血糖値を上げるのは糖質であり、脂質とタンパク質についてはカロリー源になるものの、血糖に関しては臨床上考慮する必要はないでしょう。糖質の摂取を減らしたり、摂り方を工夫することによって血糖値の上昇が少なくなり、インスリンの分泌量が少なくなります。インスリン分泌が減ることによって様々な効果が期待できますが、特に脂肪合成が抑制されることがダイエットにつながります。一般的な日本人は総摂取カロリーの約60%を糖質に依存しています。つまり、糖質を減らすことはカロリー制限食にもなってしまいます。
糖質を減らすことによってカロリー制限にもなり、よりダイエットが進むことになります。ところが、糖質制限によって減ったカロリーをタンパク質や脂質で十分に補わなければ、身体の脂肪だけでなくタンパク質も消費されることになり、筋肉量の低下などを伴うようになります。つまり糖質制限食を導入し、血糖値を改善しながらダイエットを期待するのであれば、身体にとって必要な十分量のタンパク質を補い、体タンパクが減らないように、上手に脂質も利用することが重要になります。

不調の原因となる血糖値スパイク

血糖値スパイクという言葉をご存じでしょうか?食後高血糖と表現されることもあります。2016年10月に『“血糖値スパイク”が危ない ~見えた!糖尿病・心筋梗塞の新対策~』としてNHK特集で取り上げられ話題になりました。糖尿病と診断されない状態で食後血糖値が140mg/dlを超えることが、血糖値スパイクの1つの基準になっています。これはあらゆる年代、あらゆる体型でも起こることが知られています。
血糖値スパイクが存在することによって将来的な糖尿病のリスクが上がり、血管病変が増えるだけでなく、酸化ストレスや炎症の増大、がんのリスク、うつなどの精神症状にも関係することが報告されています。

(図1)は30歳代の女性の患者さんです。MBI21であり、糖尿病を指摘されたこともありません。急激に起こる動悸やめまい、不安などのためパニック障害の診断で投薬治療されていました。5時間の75gOGTTを検査した結果(図1)、75gのブドウ糖によって約100mg/dl血糖値が上昇し、180mg/dlを超えました。さらにその後、血糖値は急激に低下し、3時間後には43mg/dlまで低下しています。

(図1)

この患者さんがパニック障害と診断される根拠となった様々な症状は、血糖値の急激な低下や、その結果として起こる低血糖に関係することがわかりました。適切な食事指導と必要な栄養素をサプリメントで補うことによって、数年間継続していた心療内科からの投薬は全て不要となりました。
このように、本来あるべき血糖値の変動でない状態を機能性低血糖症と呼びます。低血糖症と聞くと血糖値が低いことが問題となるように感じますが、実際には血糖値の急激な低下に伴うアドレナリンやコルチゾルなどの分泌によって症状が起こります。この患者さんでいえば、30~240分の時間は全て危険な時間帯になるということです。

5時間の75gOGTT検査では、様々な血糖曲線が示されます。
(図2)の無反応性低血糖症と呼ばれるタイプでは、糖質を摂取しても本来あるべき血糖値の上昇がなく、常にだるく疲労感を訴え、抑うつ症状を伴う患者さんをとても多く経験しています。

(図2)

(図3)

また、乱高下型(図3)と表現していますが、糖質摂取による血糖値の上昇がきっかけとなり、その後血糖値の乱高下を繰り返すタイプの患者さんもいます。動悸や頭痛、イライラなどが繰り返し起こることが多いものです。
糖質制限食を上手に導入することによって、将来的な糖尿病のリスクを回避し健康的なダイエットが可能になるだけでなく、従来の診断基準によってうつ病やパニック障害と診断されていた多くの患者さんの改善の可能性があります。そして、日常感じている疲労感、睡眠のトラブル、ちょっとしたイライラや頭痛なども、糖質摂取に伴う血糖値の変動が原因になっていることがあり、薬局での患者さんへの指導に応用すると多くの変化を実感していただけるものと思います。

溝口 徹氏(医師)プロフィール
溝口 徹氏 著書

プロフィール

新宿溝口クリニック院長。一般社団法人オーソモレキュラー.jp代表理事。2000年より慢性疾患の治療にオーソモレキュラー療法(栄養療法)を導入。2003年に栄養療法専門の新宿溝口クリニックを開設するとともに、栄養療法の基礎と理論を医師、歯科医師へ学会やセミナーを通して伝え始める。2014年より、薬剤師、看護師、管理栄養士など医療系国家資格所有者を対象とした栄養療法の基礎と理論について講義を行う「ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)養成講座」を開始。

オーソモレキュラー.jp

http://www.orthomolecular.jp/

著書

「血糖値スパイク」が心の不調を引き起こす(青春出版社)
やる気が出ない、イライラする、寝ても疲れがとれない、食後だるくなる…のはなぜか。3000人の血糖値検査で見えてきた「糖質コントロール」のヒント。最新栄養医学の第一人者が教える、心のトラブルを防ぐ食べ方新常識。