前回に引続き、実践!薬局3.0レポートの特別編として、一般社団法人日本在宅薬学会バイタルサイン講習会のエヴァンジェリストで、株式会社サン薬局(神奈川県横浜市)の在宅薬物治療支援部長の奈良健氏にご登場いただきます。
プロフィール
- 氏名
- 奈良 健
- フリガナ
- ナラ タケシ
株式会社サン薬局 在宅薬物治療支援部長
一般社団法人日本在宅薬学会 バイタルサイン講習会エヴァンジェリスト
実際に在宅の現場に行かれていかがでしたか。
私の最初の在宅はがんの患者さんで、ご自宅まで麻薬のテープを貼りに行くことでした。お部屋に入ると、患者さんとその方のお嬢さんがおられたのですが、患者さんが「痛い!痛い!なんとかしてくれ!助けてくれ!」と、のた打ち回っておられるわけです。ドクターか看護師さんを呼ぼうにも、今、その現場には、もちろん私ひとりしかいない。とりあえず持っていったテープを貼るしかないのですが、でもそのテープがいったい何時間で効くかわからない。でもたぶんすぐには効かない。そうしている間もずっと患者さんは叫び続けておられるんですね。自分にできることは何か。薬がどのくらいで効くのかを調べて、病院薬剤師や在宅薬学会の仲間に問い合わせて、とにかくその場で最善と思われる、1時間以内くらいで効く薬を出してもらえるように医師にお願いして、処方された薬をとりに薬局に戻って、またそれを患者さんのご自宅に持って行って服用してもらいました。そして1時間くらい経ってから経過を聞くために連絡したところ、患者さんは痛みが取れて穏やかになられたそうです。そしてその日は次の薬の服用指示もして失礼しました。
いきなり修羅場を経験されたわけですね。
それはもう大変でした。そしてその後、残念ながら患者さんは亡くなられたのですが、その時にお嬢さんに泣かれました。もちろん悲しい気持ちもおありだったでしょうが、私に対しては「お父さんが帰ってこれてよかった。一番帰ってきたかった自宅で、人生の最後を迎えることが出来て本当によかった。奈良さんありがとう」と言ってくれたんです。その時に、今まで感じたことの無かったやり甲斐を感じました。
病院であれば誰かしらが見守りに行ってくれますが、自宅ではそうはいきません。しかし療養生活が長くなればなるほど、慣れ親しんだ自宅に帰りたいと思う患者さんは大変多いのです。今まではそのようなことは無理でしたが薬剤師がしっかりとサポートすることが出来れば、多くの患者さんをご自宅へ連れて帰ることができます。
いま国が、2025年問題を見据えて、病院から患者さんを積極的にご自宅へ帰そうとしています。医療費削減という大きな目的ももちろんありますが、われわれ医療者の立場からは、患者さんの希望を叶えるという意味も大きいんですね。
国が在宅医療を推進している今、薬剤師の働き方も随分変わりそうですね。
今はそのような流れになっています。ただ、これも薬剤師の皆さんが早く気づいて動かないと、反対に薬剤師の入る余地が無くなってしまいます。
どういうことかと申しますと、先にも申し上げましたとおり、在宅をするには確かに手がかかります。病院でしているケアを自宅でしてあげないといけない。そのためには患者さんに最後まで寄り添う覚悟が必要なんですが、それが中途半端だと、結局自宅でケアしきれず病院に帰らざるを得なくなります。そんなことが続くと、ドクターももうリスクを背負ってまで薬局に仕事を頼まなくなります。でも国は在宅を推進している。そうなれば、もう役立たずの薬剤師に仕事は頼まず、ドクターと看護師、ヘルパーさんだけで成立する在宅医療モデルが出来上がってしまうかもしれません。
まさにこれからが在宅医療の正念場ということでしょうか。
在宅医療や地域包括で薬剤師が患者さんのご自宅まで出て行くようになったのは、本当にここ1~2年のことです。今までは急性期病院の次は慢性期(療養型)病院という選択肢しか無かったのが、自宅療養という新たな選択肢が出来てきたことが病院でも話題になってきています。それが広がっていけばいいのですが、まだ病院からの要求に応えきれる薬局が大変少ないことも事実です。
保険調剤薬局の薬剤師と在宅医療に携わる薬剤師を例えるのに、よくマラソンランナーに対する給水所スタッフで表現することがあります。給水所はランナーにとってまさにオアシスで、そこで水を提供してくれるスタッフはとてもありがたいものです。ただ、ゴールまで寄り添うことはできません。次々に走ってくるランナーにひたすら水を渡さないといけないからです。それに対して在宅医療というのは、そこから一緒に走りながら、応援して、水も与えながら、ずっと寄り添ってついていくものだと言えるのではないでしょうか。
患者さんのために何ができるかを常に考え実践していくこと。How to ばかりを優先させるのではなく、まずWhyから考え実践していく。それはまさに学生時代に思い描いた医療者の姿であり、私の求めていた薬剤師の姿でした。そしてそれに気づかせてくださったのが、私の最初の在宅の患者さんだったんです。
それでは最後に薬剤師の皆さんにメッセージをお願いいたします。
薬剤師になった時に誰もがおそらく持っていた「医療者の魂」を、どう活かして薬剤師としての職務を全うするか。薬剤師を取り巻く環境は激変しており、いつまでもぬるま湯につかっているわけにはいきません。薬剤師になった時の初心を忘れてしまっていることも事実でしょう。「患者さんのために」という考えは、在宅でも、外来でも活かせると思うのです。
超高齢化社会を迎えるこれからの時代は、薬剤師にとって正念場であると同時に、医療者として大いに活躍できるチャンスでもあります。ここで自分自身の将来像をいま一度見つめ直すことも、大変有意義なことではないでしょうか。
みなさんが内に秘めている「医療者の魂」に火がつくことを切に願っています。
奈良先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。