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実践!薬局3.0レポート

第16回【特別編】在宅の現場より 株式会社ファーマ・プラス 小黒佳代子氏その1

今回は実践!薬局3.0レポート特別編として、一般社団法人日本在宅薬学会バイタルサイン講習会のエヴァンジェリストで、株式会社ファーマ・プラス(群馬県高崎市)の取締役でいらっしゃいます、小黒佳代子先生にご登場いただきます。7年前に現社長と一緒に独立されてから、一貫して地域医療に取り組まれてきた小黒先生には、在宅医療現場の実際や薬局業界の今後、そして後進の薬剤師の皆さんへのメッセージなど、たっぷりとお話いただきました。

プロフィール

氏名
小黒 佳代子
フリガナ
オグロ カヨコ

株式会社ファーマ・プラス 専務取締役 薬剤師
一般社団法人日本在宅薬学会 バイタルサイン講習会エヴァンジェリスト

小黒 佳代子先生の写真
  • UNIV(以下 U)

    さて、小黒さんのご家族は医療一家でいらっしゃったそうですね。

  • 小黒先生(以下 O)

    はい。父は大学で微生物学を教えていましたし、母は薬剤師でした。また兄は医師の道へ進み、私と弟は薬剤師です。
    かつて私は、自分が医療の道に進む気持ちはほとんどありませんでした。父は、私の手先が器用なこともあり、歯科医師に育てようという気持ちもあったようですが、私にはまったくそんな気がなかったのです。そんな私でしたから、父が将来を案じて今度は「薬学部を出ると就職の選択肢は色々ある。病院や製薬メーカーだけでなく、化粧品メーカーなどにも就職できるよ」と薬剤師を薦めたのです。医療の道はあまり考えていませんでしたが、化粧品メーカーは面白いな。そんな選択肢もあるんだ。ということが決め手になり、結局大学は昭和薬科大学へ進みました。今思えば、うまく父に乗せられた格好ですね。(笑)

  • U

    そして大学で4年間学んだのちに、選ばれた職業は病院薬剤師だったんですね。

  • O

    あの頃はまだ医薬分業がようやく走り出した頃で、調剤薬局の求人はお給与は大変よかったものの数がほとんどなく、薬学生の主な就職先はメーカーと病院だったのです。私が選んだのは、ある大学付属病院でした。

  • U

    選ばれた病院薬剤師はいかがでしたか。

  • O

    大学を卒業して初めての仕事で張り切っていたのですが、正直、がっかりいたしました。一日1200人の患者さんが来られるのですが、その患者さんの投薬はお昼までに終わらせないといけませんでしたし、そうなると薬剤部の仕事は完全に流れ作業になってしまいます。受付、錠剤、散剤、外用薬と部門ごとに分けられ、その中でさらに調剤する人・監査する人・投薬する人などに分かれておりました。薬袋も全て手書きでしたので、処方せんから手早く適当な大きさの薬袋を選んで、ひたすら書き続ける…大変でした。またお薬を渡すのは殆ど事務さんがされていましたし、薬剤師として患者さんに接する機会などほとんどなかったのです。

  • U

    それはストレスが溜まりそうですね。

  • O

    なんだか、大きな調剤マシンの中の小さな歯車にすぎないといった感じでした。もっとも仕事の量を考えると、ある意味仕方のない部分はありました。ただ、それでは患者さんにしっかりと服薬指導も出来なければ、ドクターに対する疑義紹介も満足にすることができない。重複投与や相互作用があっても、当時のシステムでは見つけることすらできませんでした。

  • U

    患者さんとの接点はほとんどなかったのですね。

  • O

    ありませんでした。勤め始めた当時は、ようやく病院にDI室が必要であると言われはじめた頃でしたが、DI室の窓口はあってもほとんど機能していないのが実情でした。上記のような状況でしたので、薬剤師は早く調剤して患者さんにお渡しすることだけに専念していて、とても服薬指導を行えるような状況ではなかったのです。満足に服薬指導が出来ないものですから、当時は座薬をお渡ししたら、それを「座って飲まれる」患者さんがおられたくらいです(笑)
    偶然にも二つの診療科目に同じ日に掛かった患者さんの処方を受け付けた時には、重複投与が見つかったりすることもありました。そんな時には、調剤室から出て行って患者さんをお呼びし、「同じ種類のお薬が違う先生から処方されていますが、どのように服用されていますか?」とお聞きして疑義照会して処方削除することもありましたが、圧倒的に数は少なかったです。患者さんから「天下の〇〇大学病院の薬だから、間違えなく良い薬だと思って服用しています。」という言葉を聞いたのは1回ではありません。

  • U

    患者さんの意識もずいぶん違いますね。

  • O

    医師の決めた処方は絶対であるという風潮はありました。そのような中で、パーっと調剤室から出て行って患者さんの様子を聞きに行ってしまう私は、他の先輩薬剤師には変わっていると思われていたようです。でも調剤の速さでは自信がありましたので、誰も咎めたりはしませんでしたが(笑)
    私は結婚を機に退職いたしましたが、その送別会の時には当時の薬剤部の部長が「この病院で DI業務を初めてやってくれた功労者である」と褒めてくださいました。
    病院は退職しましたが、職場にはなんの未練も無かったですね。

  • U

    そして10年間主婦として出産、子育てをされて、ブランクののちに仕事へ復帰されたわけですね。

  • O

    はい。復帰したのは、ちょうど子供が10歳になった頃、結婚生活に終止符を打ったことがきっかけでした(笑)でも最初は、前のように小さな歯車のひとつになるのが嫌だったので、薬剤師に復帰するのは嫌でした。私は以前の病院で、医師、薬剤師、看護師、栄養士などスタッフがすべて縦割りで、横を繋ぐ人がいなかったと感じていましたので、医療の現場に復帰するのであれば、その横を繋ぐ人になりたいと思っていました。その思いを叶えるために、当時家政科で食品衛生を教えていた父と一緒にNPO法人を作って、その横を繋ぐことに取り組み始めたのです。そのNPO法人は現在も活動を続けています。

  • U

    では薬剤師へ本格的に復帰したきっかけはいかがですか。

  • O

    NPO法人での取り組みと並行して就職活動をしていた時、たまたまご縁のあった薬局で勤務をしたのですが、病院時代に比べて意外と面白かったのです。なんといっても患者さんと接することができたことで、毎日毎日が新鮮だったからでしょう。私、意外と調剤薬局が向いているのかもと思いました。それから週1回、週2回とかのパート勤務から始めてだんだんと入る日数を増やしていき、徐々に本格的に薬剤師として復帰していきました。

  • U

    そこで薬剤師としての喜びを感じる出来事があったそうですね。

  • O

    はい。その頃の忘れられないエピソードとして、患者さんの膀胱がんを見つけたことがありました。ある患者さんが執拗に膀胱炎を繰り返して次々と抗菌薬を変更して服用しておられたので、これはおかしい。何か別の原因があるのではないかと思い始めました。「一度大きな病院で検査されたらいかがですか」と受診を促したところ、なんとその患者さんは膀胱がんを患っておられました。幸なことに早期発見だったのでその方は事なきを得たのですが、それから数ヵ月後に再会したときには、「小黒さんは私の命の恩人です」と感謝してくださって、その時は素直にうれしかったですね。

  • U

    貴重なご経験をされましたね。そしてその後群馬に来られたのですね。

  • O

    いくつか薬局を経験していて、当時在籍していた薬局の勤務の関係で群馬までやってきました。その会社では薬局の業務改革を進めていた頃で、私は調剤事業部の責任者に就任していました。その時には処方せんを見た瞬間に、どのような患者さんか、何故この薬を飲んでいるのかイメージして投薬する。一つでもいいから患者さんにしっかりと伝え、薬だけじゃない何かを持って帰ってもらうことを目標に日々の業務に励んでいましたね。そしてその薬局が経営難になったことも呼び水になって、今から約7年前に当時役員だった現社長と2人で独立したのです。

  • U

    独立されると同時に在宅医療を始められたのでしょうか。

  • O

    実は群馬にやって来る前から、薬剤師は在宅をしなければいけないと思っていました。でも何から手をつければ良いのか分かりませんでした。特に群馬などの地方都市は、あたり前のことですが、東京や神奈川など首都圏に比べ車社会なんですね。ということは、この人たちは自分が車に乗れなくなった時に、通院もできなくなるし、薬も服用できなくなってしまうということなのです。そんな時に近隣の医師が薬局を訪ねてきて、「患者が通院できなくなってしまった。往診したいんだけど、薬を取りに来る家族も居ないので届けてもらえないか?」と言われたのです。そして徐々に在宅を始めていきました。

  • U

    自然発生的にスタートしたのですね。

  • O

    そうです。在宅に行ってみて、予想はしていたものの、その残薬の多さにびっくりしました。在宅患者さんのお宅というのは概ね薬の整理など出来ていないことが多く、私たちが携わるまでは看護師さんが薬の整理をしていて、患者さんに薬を飲ませるのに丸1日使っておられたのです。そのような状況を目の当たりにして、その仕事は看護師さんでなく薬剤師の仕事だろうと思いました。

その2へつづく...