「免疫力」をアップする栄養学
溝口 徹(医師)
みぞぐちクリニック院長
一般社団法人オーソモレキュラー栄養医学研究所代表理事。横浜市立大学医学部附属病院、国立循環器病センター勤務を経て、神奈川県藤沢市に辻堂クリニックを開設。慢性疾患の治療にオーソモレキュラー栄養療法を導入。
2003年、日本初の栄養療法専門クリニック「新宿溝口クリニック」を開設。2014年より、医療系国家資格保有者を対象とした栄養療法の基礎と理論について講義を行う「ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)養成講座」を、2017年に、一般の方向けの「ONE(オーソモレキュラー・ニュートリション・エキスパート)」を開講。2021年クリニックを移転し、「みぞぐちクリニック」を開設。毎日の診療とともに、患者や医師向けの講演活動を行っている。
一般社団法人オーソモレキュラー栄養医学研究所
https://www.orthomolecular.jp/
新型コロナウイルス感染の流行によって、「免疫力」という言葉が注目されるようになりました。
毎年冬に流行するインフルエンザもワクチンを使って免疫力を上げ、感染の予防や重症化を防ぐことを繰り返してきました。
今回のウイルス感染の拡大を防ぐために、これまで(2021年5月現在)3回の緊急事態宣言によって人との接触の機会を減らす対策がなされてきました。そして日常生活では、マスク・手洗い・3密回避が広く行き渡り生活習慣が一変してしまいました。
緊急事態宣言もマスク、手洗い、3密回避も、ウイルスへの暴露の機会を減らすことが目的です。これは今回の新型コロナウイルスだけでなく、毎年流行するインフルエンザウイルスや激しい下痢の原因になるノロウイルスに対しても、感染しないためにとても有効な方法です。
ところが、どんなに気をつけていても目に見えないウイルスには暴露してしまうのです。
ここで、食事を工夫し、積極的にサプリメントを用いて栄養バランスを高いレベルに補正するオーソモレキュラー栄養療法を実践してきた患者さんのエピソードを紹介したいと思います。
その患者さんは、60歳代の女性です。子宮頸がんの予備軍と診断されたことをきっかけに、子宮頸がんにならないように免疫を上げることを目的に2年前からオーソモレキュラー栄養療法を実践してきました。
今年の1月、同居している息子さんが風邪のような症状で発熱し、PCR検査で新型コロナウイルス陽性の診断になりました。その後、息子さんのお嫁さん、2人のお孫さんも立て続けに感染が拡大。最後には、患者さんのご主人も感染が確認されました。同居していた6名中5名が感染したのです。栄養療法を継続していた患者さんは次々と発病する家族と接し、軽症のときには看病もしていたのです。それでも、その患者さんだけPCR検査を何回受けても感染が確認されることはありませんでした。
このエピソードには多くの学ぶべきポイントが隠されています。感染を成立させないためには、病原体の暴露を避けるだけでなく、自分でできることがあるのです。それは、免疫力を上げる栄養補充に他なりません。
免疫力を上げる3つのステップ
今回の新型コロナウイルスだけでなく多くの細菌やウイルスによる感染を防ぐためには免疫力を上げなくてはなりません。そして、もし感染してしまい発症してしまったとしても、できるだけ軽症で済ませ重症化させないことが大切になります。この過程には感染症に対する3つのステップを理解することが何よりも大切です。
免疫を理解する3つのステップ
- 病原体を身体に入れない
- 入ってきた病原体に負けない
- 症状を長引かせない
ここでは病原体を代表してウイルスの説明をしていこうと思います。ウイルスは鼻腔や咽頭、気道、時に消化管などの粘膜に付着します。ところがウイルスが粘膜に付着するだけでは、感染は成立しません。ここで余談ですが、新型コロナウイルスで有名になったPCR検査は、鼻腔や咽頭にウイルスが付着している状態で陽性となります。つまり感染が成立していない状態でも陽性になるのです。そのためニュースなどではPCR検査陽性者数と報道し感染者数とは区別しています。
ウイルスが粘膜に付着している状態であっても、そのウイルスが粘膜細胞を越えて侵入しなければ感染も成立しません。さらに体内でウイルスを増殖させることもないので、他人へウイルスを感染させる危険性も極めて低いと言うことができます。つまり“STEP1 病原体を身体に入れない”というのは、ウイルスを粘膜でとどめて粘膜細胞を越えて体内へ侵入させないということであり、さらに他人へ感染させるリスクを減らすということです。
人の身体の粘膜は病原体や毒素に暴露するため多くの防御機能があるのですが、それらをかいくぐって粘膜細胞を越えて侵入されると感染が成立します。侵入したウイルスを排除するために、身体では炎症反応が起り発熱や倦怠感や関節痛などが生じます。そのとき白血球と抗体、さらに抗菌タンパクなどが中心的な役割を担います。これらの機能がしっかりしていると“STEP2 入ってきた病原体に負けない”状態を作ることが可能になるのです。
身体に侵入したウイルスを排除するために生じた炎症反応ですが、必要以上に強く反応してしまったり長引いてしまったりすると、それが身体への大きなダメージとなってしまいます。つまり“STEP3 症状を長引かせない”のは、ウイルスを排除するために必要な炎症反応を最適な強さでできるだけ短く済ませることで体力の低下を防ぎリカバリーさせるということになります。
各ステップで重要な栄養素のはたらき
これからは、各ステップに必要な栄養素のはたらきについて説明することにします。まず栄養素を充分に機能させるためには、最適な投与量があることをお伝えします。
厚生労働省は、各栄養素の摂取に、推奨量、目安量などを決めています。この量は欠乏症を防ぎ健康の維持・増進、生活習慣病の予防などを目的に設定されています。ところが栄養素が持つ作用を積極的に利用し、ウイルスに負けない身体を作る3つのステップを完了するためには、厚生労働省が設定した推奨量や目安量では足りないのです。
STEP1 病原体を身体に入れない
新型コロナウイルスは、身体に入れなければ症状もなく体内で増殖させることもないので、他人へ感染させることもありません。実は私たちの身体の粘膜は常に病原体や毒素に暴露するために精巧な防御機能を備えています。そこにはさまざまな栄養素が関係しているのです。
浮遊しているウイルスを吸い込んでしまうと粘膜に付着します。粘膜が充分にネバネバした粘液に覆われているとウイルスは粘液と一緒に排出されます。そのためには常に粘膜面の乾燥を防ぎ、粘液が分泌できるようにしておくことが重要です。ここでは硫黄成分を多く含んだ食材を積極的に摂取することが大切です。
次に粘液をかいくぐり、粘膜細胞まで到達したウイルスに対しては、粘膜面に抗菌タンパクというタンパク質を分泌し粘膜を越えさせないようにしています。抗菌タンパクは、ビタミンDが充分になければ作られません。また口腔内に甘い感覚があるときには、ビタミンDが十分であっても抗菌タンパクの分泌が減ることが分かっています。つまり、甘いものを食べているとウイルスに負けやすくなると言うことです。
このグラフ(図1)は、血液中のビタミンD濃度と新型コロナウイルスのPCR検査陽性率の関係を示したものです。
図1:SARS-CoV-2 positivity rates associated with circulating 25-hydroxyvitamin D levels. PloS one. 2020;15(9);e029252. doi: 10.1371
これはアメリカの研究者が2020年9月にレポートしたものです。この傾向は、アメリカ大陸の北部の場合でも南部の場合でも、また黒人、ヒスパニック、白人などの人種差においても同じ傾向でした。つまり、ビタミンDの血中濃度を高く保つことは新型コロナウイルスの感染を予防するということです。日本人のおよそ90%が、血液中のビタミンD濃度が30ng/mL以下なので、適切なビタミンDの補充によって新型コロナウイルスの感染を予防することが可能であると言えるものです。
新型コロナウイルスに感染してしまったトランプ前大統領を治療した医師団は、治療計画に「抗体カクテル」を使用したと発表しました。この「抗体カクテル」にはビタミンDと亜鉛が含まれていることが知られ栄養素とウイルス感染対策ということが注目されるようになりました。
高齢で肥満というハイリスクであったトランプ前大統領が重症化せずにすぐに改善した背景には、「抗体カクテル」に含まれていた栄養素が関係しているのかもしれません。
STEP2 入ってきた病原体に負けない
粘液と粘膜細胞を通り抜けウイルスが体内に入ってきたとき、主役となって戦うのが白血球です。白血球の中でも好中球やリンパ球が主に関与します。
粘膜を通り抜けたウイルスが増殖する前に、感染部位に白血球が集まり対処してくれると、感染にともなう炎症が局所にとどまり鎮静化します。たとえば喉の奥がイガイガした感覚が出ても翌日にはスッキリ治り、全身の倦怠感や発熱にならなかったということです。
感染部位に白血球が集まる速度を白血球の遊走能と表現します。実は、ビタミンCが足りないと白血球の遊走能が低下し感染部位でウイルスの増殖を許してしまい炎症が全身に波及してしまうことになります。リンパ球に対してはビタミンCの働きによってウイルスに対して効果があるインターフェロンの合成が促進されるようになります。
私が所属している国際オーソモレキュラー医学会では、新型コロナウイルスの感染症に対して1日あたりビタミンCを3g以上摂取することを推奨しています。また海外では、重症化した新型コロナウイルスの患者さんへ高濃度ビタミンCの点滴治療を併用し良好な効果が得られていることも報告されています。
また好中球によってとらえられたウイルスは、好中球の中で合成された抗菌タンパクによって処理されますが、ここでもビタミンDが必須の栄養素です。そして好中球内ではウイルスを殺すために活性酸素を発生させます。このときには鉄が必要な栄養素になるため、鉄が不足している貧血の女性などは風邪にかかりやすく重症化しやすくなるのです。
STEP3 症状を長引かせない
普通の風邪をひくと体温は37~8℃程度に上昇し、インフルエンザの場合には40℃くらいに上がります。これまで風邪やインフルエンザのときには、できれば解熱剤は使わない方がよいと指導されてきたと思いますが、それは感染症の原因になるウイルスの活性が下がる温度に体温を上げていることが理由です。つまり発熱を含めた炎症反応というのは、感染症を治癒させる大切な防御反応であるのです。
ところが、新型コロナウイルスではサイトカインストームと言われる過剰な炎症反応が重症化させることになり、さらに長期にわたって炎症をともなう副作用が継続しています。
感染症を治癒させるために必要な炎症は、できるだけ短期間で収束させ長期化させないことがとても大切になります。炎症の暴走を抑制し不必要に長引かせないために大切なことは、脂肪摂取のバランスを整えることです。
私たちにとって必須の脂肪酸はサラダ油などに多く含まれるω6系の脂肪酸と、魚油やえごま油などに多く含まれるω3系の脂肪酸があります。どちらも不足すると体にとって問題が生じるため、これらの油を必須脂肪酸と呼びます。これらの必須脂肪酸は炎症の調節に深く関わっています。その背景にある反応については割愛しますが、単純に言えばω6系脂肪酸は炎症を促進し、ω3系脂肪酸は炎症を抑制するということが言えます。
ω6系必須脂肪酸は、私たちが普通に食事を摂っていれば、必要十分量を摂取しています。しかしω3系脂肪酸は、えごま油、アマニ油、魚油などを意図的に摂取したり、サプリメントとして摂取したりしなくては十分な量を補うことができません。
つまりウイルスなどによる感染症になったとき、炎症を過剰に起こさないように、そして長引かせないようするためには、日頃からω6系脂肪酸の摂取を控え、ω3系脂肪酸の摂取を増やすように工夫すると良いでしょう。
まとめ
免疫を上げる生活習慣
- 甘いものを避ける
- タンパク質を増やす
・鉄を多く含む「赤身肉」
・ビタミンDを摂りやすい「しらす」
・魚油を摂るためには「青身魚」
- 紫外線にあたる
免疫を上げる栄養素(1日の推奨量)
- ビタミンC:3g~
- ビタミンD:2000IU~≈
- 亜鉛:適宜≈
- 鉄:適宜
- 3系脂肪酸:適宜
- その他
・微量ミネラル:マグネシウム、セレンなど
・カテキン(緑茶など)
・オレユロペン(オリーブ葉)
・ヘスペリジン など
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