薬局の代表をしていると、薬学生や薬剤師とお目にかかる機会はよくあります。その中で、結構悩んでおられる方が多いことに、正直驚いていました。もちろん、医学生や医師も悩みがないわけではないのですが、それとはまた異質な感じがあります。
それは、超高齢社会への突入とか、医療費の適正化といった、日本の医療が抱える共通の問題、いわゆる外的要因だけでなく、薬学教育が6年制に移行したという内的な要因も関係しているように思います。
2006年に薬学教育6年制が導入されて、9年目に入りました。6年制教育をうけた薬剤師が現場に出て3年が経とうとしているということです。あぁ、そんなに経ったのかな、とも思うし、まだその程度かとも思います。6年制教育によって、薬剤師は変わったのでしょうか。
先日、薬学生とお話をしていて印象的なことがありました。2名の薬学生が、偶然ですが、別々の薬局の採用担当の方に、「6年制になって、何が一番変わったのでしょうか?」という質問をしたそうです。
一つの薬局の方は「それは、即戦力だね」とおっしゃったと。確かに、OSCEを受け手、病院、薬局でそれぞれ10週間ずつの実習も受けていますから、とりあえず、調剤行為はできるようになっているでしょう。また、実務実習が始まるときには、確かに「即戦力」として現場に出て行きますよ、という説明を聞いたこともあります。
もう一つの薬局の方は、「うーん。まぁ、基本的には変わっていませんよ。」とおっしゃったそうです。確かに、保険薬局に処方箋が持ち込まれ、お薬をお渡しするということは変わっていません。
しかし、その2名の薬学生は、この答えに納得していない、というか、もう苦笑いしながら、この話をしてくれました。
それぞれの採用担当者がこのような返答をしたくなる気持ち、大変よく理解できます。日常業務を見ていても、収益構造を見ていても、即戦力となっていると持ち上げてみたくなったり、何も変わらないと言い聞かせてみたくなったりする気持ち、よく理解できます。しかし、それと同時にこの業界、かなり深刻なんじゃないかとも感じます。
つまり、今就職を考える薬学生や転職を検討している薬剤師は、数年前とは明らかに違う基準で動き始めているのではないかと感じることが増えているからです。
薬学部だけでなく、医療系の大学教育というのは、共通なことがあります。それは、高校生が入学し4年なり6年なりたてば、国家試験の受験資格を得て卒業し、試験に合格すれば免許を取得できるということです。ということは、医師、歯科医師、薬剤師はそれぞれに専門性が異なりますが、その専門性の礎は大学教育にあるということです。高校生が、大学教育を経れば専門家になる。そう考えると、大学教育はブラックボックスのようなものなのかも知れません。
薬学教育6年制への移行は、そのブラックボックスが置き換えられたということになります。ということは今までと異なる薬剤師が輩出されるはずなのです。逆に言えば、薬剤師が医療において今までと異なる役割を果たさなければ、実は、6年制になった意味はほとんどなくなるわけです。また、6年制の移行時に、既存の薬剤師に対して追加の試験や手続きなどによる免許の更新を求めませんでしたから、既卒の薬剤師も「みなし6年制」ということになります。現在、病院に約5万人、薬局に約15万5千人の薬剤師がいますが、薬学教育6年制への移行は、20万人を超える新しい医療専門職をこの国に配備したということになるはずです。医師が30万人近くしかいないことを考えれば、日本の医療にとってきわめて大きなインパクトになるはずで、6年制移行の目的は、急速にかわりつつある医療ニーズに対応し、高度化する薬物治療の質をあげることだと思うのです。
このことを、もちろん程度の差はありますが、薬学生は薬学教育を受ける中で理解しつつありますし、薬剤師も年代を問わず、このことに思いを馳せている方はいらっしゃいます。その方たちと薬局や病院の現在の業務とのミスマッチがおこりつつあると思います。
薬学教育が6年制に移行して、ブラックボックスがかわり、薬剤師が変わる。といっても、現実変わらないじゃないか、という声も聞こえてきそうです。でも、社会的認知度や給与を含めた待遇などが変わるのは、実は最後であり、その前にもっと薬剤師の周囲から変わっていくのではないでしょうか?
その一つは、医師と薬剤師の関係です。医師が独断的に処方し、薬剤師は盲目的に調剤する。この関係が変わらなければ、薬剤師は変わったことにならないのです。今の薬学生や薬剤師が、就職や転職に悩むのは、自分たちは変わっているのに、現場はほとんど変わっていないのではないか?と感じているからではないかと思います。
その変わるきっかけは何か。私は、薬剤師が自ら調剤した医薬品の効果や副作用の有無を、医師が診察する前にチェックすることにあると思っています。そうすると、医師が次回の処方を決める前に、医師とディスカッションをすることが可能です。在宅医療が最近のトピックスの一つではありますが、それは、旧来の病棟業務や、一般の外来処方箋業務よりは、そういったことがやりやすいということだと思いますし、バイタルサインやフィジカルアセスメントといったことは、患者の状態を把握するためのツールとしてきわめて重要かつ有用です。そしてこのことは、医療のPDCAサイクルに薬学という学問が練り込まれることになり、医療安全の確保、医薬品の適正使用を通じて薬物治療の適正化につながるだけでなく、薬剤師の専門性も生きることになります。
今の薬学生や薬剤師のなかには、このような変化を求めている方が増えているのではないかと感じています。