学生を終え、社会人になるといろいろな理由のために働きます。その一つは、もちろん生活のためですが、それが全てではありません。やはり、やりがいや社会貢献性、自分自身のキャリアアップなど様々な理由があります。今自分ががんばっている職場では、それらの目的が達成できないのではないかと考えると、やはり、転職というか、キャリアチェンジというか、自分の環境を変えてみようということになります。かくいう私も、35歳の時に、外科医から薬局経営者という立場にキャリアチェンジしました。その理由は一つではありませんし、生活のこと、自分のこと、家族のことなどいろいろなことを考えて転職したと思います。今回は、薬剤師さんの現状も踏まえて、「転職経験者」としての視点からも、薬剤師さんの転職についてお話したいと思います。
薬剤師も最近では転職が一般的です。インターネットでの広告は刺激的で、年収いくら、休みはどう、残業ないよ、などの表現は、広告特有の「おっ」と目を引くようなキャッチコピーやレイアウトになっています。もちろん、お金は大切です。いつも思うのですが、お金は人生で最も大切なものではありません。ただ、だから意味が無いというのではなく、最も大切なものの一つであり、よくよく考えなくてはならないものですから、このような広告戦略は重要です。でも、やはり、仕事のやりがいや社会貢献性、自分自身のキャリアの観点から薬剤師さんにとっては悩みが少なくないのではないかと思います。
端的に言えば、医師の処方箋や処方オーダーを応需するところが起点となり、その処方内容に重複や禁忌がないか、用法・用量が適正かを判断し、迅速・正確に調剤し、わかりやすい情報とともに医師にお渡しするという仕事がメインであり、その過程において、医薬品そのものや患者とのコミュニケーション、患者の病態や治療法についての知識を活用していくという仕事内容が、薬剤師にとってしっくりこないというか、ときめかなくなっているのではないかと感じることがあります。
さらに、最近では、地域包括ケアという言葉に代表されるように、薬剤師のみならず医療従事者はすべて介護職種とも連携しながら、慢性期にある高齢の患者さんを、その尊厳と自立をまもりながら長期にわたってサポートしていくことが求められています。また、薬学教育が6年制になったこともあいまって、薬剤師によるバイタルサインの活用や、それらをもとにしたフィジカルアセスメントの実施は薬剤師のトピックスになっていますが、それらのことと、薬剤師の多くが取り組んでいる、今のいわゆる「調剤業務」には、少なからずギャップがあるように感じられているように見えます。
薬剤師の需要は今後も高止まりを続けると思いますが、6年制教育を受けた薬剤師が今後も継続して輩出されていくわけですから、中堅からベテランの薬剤師だけでなく、比較的若手の薬剤師にとっても、今の職場や働き方が、今後の自分の人生にとってベストかどうかは悩みどころだと思います。
実は、このこと、私がキャリアチェンジした時の状況とも、類似点が多々あるのです。当時、外科領域では内視鏡手術に代表される低侵襲手術や、抗がん剤や放射線療法との併用による集学的治療への関心が高まっていましたが、これらは所属する施設やそのトップの医師の考え方などによっても、その取り組みには少なからずギャップがありました。また、医師のハードな労働環境や医療訴訟の問題など、自分を取り巻く環境は厳しくなっていると思いました。さらに自分自身の生活環境の変化や、体調の悪化など個人的な要素も重なりましたが、結局は今の薬剤師とは多少異なるものの、転職というかキャリアをチェンジしなくてはというモチベーションが、ぐっと高まる時期でもありました。
そんなときに気をつけたことが3つあります。1つは、やりたくないことを決めるということでした。今の仕事から変わって何をするのだということがありますが、やりたいことって何だろうと考えると時の社会情勢や世間体など、実は自分のキャリアそのものとはあまり関係のないことに左右されることがあります。やりたいと思っていたことが、後で、実はそうではなくなるという経験は、しばしばあるものです。しかし、自分がやりたくないこと(これは、私的なことであることも多いですが、別に公表することではないので、自分で自由に考えれば良いのです!)は、実は状況の変化によってもあまり変わらないものです。やりたくないことをはっきりさせてしまうと、方向性は定まり始めます。
もう一つは、そもそも論に立ち返るということです。これは薬剤師であるあなたが医療や薬学の分野を選んだ理由は何か?というWhyの部分にあたります。私は、内視鏡外科や移植の分野でそれなりの経験をさせていただきました。薬局の社長になるということは、それらの業績や知識、技能や経験などを精算するというか、無駄にしてしまうように見えます(実際は、根本的な部分で活用できることはたくさんあるのですが)。私自身も悩みましたが、ふと「医学部を目指したときに、外科で移植をしようとか、カメラを使って低侵襲手術をやりたい」 と思ったわけではないよな、と思い返しました。私がやりたかったことは、患者さんと向き合って医療人として活躍し、世のため人のために役に立ちたいと思い返したことも、大きなきっかけとなりました。
そして、3つめは、わくわくする感じを大切にすることでした。人は天職に近づくとわくわくする、というくだりを本で読んだことがありました。 これは、響きましたし、今もそう思います。外科手術のことを考えるときもわくわくしたのですが、薬剤師が変われば地域医療はもっと良くなるのに!と思った時の方が、わくわくしたのです。これは、自分でも驚きでした。わくわくする感じを羅針盤にして、方向性を探り決断して いくことも大切ではないかと思いました。
最後に。やりたくないことを決め、そもそも論に立ち返り、わくわくを大切にする。その上で転職した職場で、是非、大切にして欲しいことがあります。それは、自分の場所は求めるのではなく自分で作るのだということです。いわば、本当に座りやすい椅子は自分で作るとも言えます。良い組み合わせをネットで旅行先を 選ぶように、商品を買うように選んでは だめだと思うのです。自分が行動し、 自分が本当にやりたいことをやっていく。 これが、私たちにとっての仕事であり、 生き方そのものなのではないでしょうか。