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深井良祐氏 連載 薬科知識解説 第6回 高齢者への薬物投与

薬物動態には、吸収・分布・代謝・排泄の四つの過程があります。こうした薬物動態の概念を用いれば、「老化と薬」について考えることができます。
年齢を重ねると、薬物動態のパラメーターが変化します。したがって若いときと同じように薬を服用すると、気づかないうちに薬の作用が強く出て、副作用を引き起こすことがあります。これは、「吸収・分布・代謝・排泄」の値が、年を取ると変化するためです。

それぞれの過程についてみていきましょう。まず、「吸収」に関しては、高齢者であってもあまり変化しないといわれています。加齢によって腸の活動が弱くなるなどの影響はありますが、ほとんどの場合は大きな変化はないと考えられています。つまり、高齢者と若年者を比べると、「体内に入ってくる薬物量はあまり変わらない」ということです。一方、加齢によって変化が起こるのは「分布・代謝・排泄」です。

まず、「分布」です。高齢者では、体内で脂肪の占める割合が増え、水の割合が減っていきます。

薬には「油に溶けやすい薬」と「水に溶けやすい薬」があり、前者は肝臓で代謝されやすく、後者は腎臓で排泄されやすいという特性を持っています。体内の脂肪量が多くなると、「油に溶けやすい薬」は脂肪組織の中に移行しやすくなります。脂肪量が増えると体内に薬が蓄積されやすくなるため、その分だけ薬が長く体内に留まることになります。つまり、薬の作用時間が長くなります。

また、加齢によって体内での脂肪の割合が増えて水の割合が減ると、「水に溶けやすい薬」では水の割合が減った分だけ居場所が少なくなってしまいます。水の量が少なくなっているにもかかわらず、溶けている薬の量が同じ場合、その分だけ薬の濃度が高くなります。その結果、薬の効果が強く出て副作用が表れやすくなります。

要は、いずれの場合でも「薬の作用が強くなり、副作用の可能性が高まる」ということです。このことから、高齢者に対しては「薬の投与量」を調節しなければならないことが分かります。

一方、肝臓での「代謝」は、加齢によって機能が低下することが知られています。肝臓そのものの重量が減り、肝臓の血流量も減少します。その結果、薬の代謝が進まなくなり、それにともなって体内の薬物濃度が上昇してしまうのです。

腎臓での「排泄」も同様です。腎機能は加齢によって低下するため、排泄もスムーズに行われなくなります。腎臓での排泄能力は、25歳を境にして年々低下していくといわれています。つまり、年を取る分だけ薬の排泄能力が弱まるということです。逆にいえば、薬の効果がそれだけ強くなるということでもあります。

高齢者が若いときと同じような量の薬を服用すると、薬の濃度が知らない間に中毒域に近づき、副作用を引き起こす可能性が高まります。そのため、加齢に応じた薬の調節を行うことは大切です。

通常、服用量の調節は医師・薬剤師が行います。そのため、薬剤師である以上は常にそうした視点をもったうえで、患者さんと向き合わなければいけません。

深井 良祐 氏 プロフィール

薬剤師。岡山大学薬学部卒業後、同大学院で修士課程を修了。

在学時に薬学系サイト「役に立つ薬の情報~専門薬学」( http://kusuri-jouhou.com/)を開設。

医薬品卸売企業の管理薬剤師として入社後はDI(ドラッグインフォメーション)業務・教育研修を担当。

独立後、現在は株式会社ファレッジ代表。薬剤師として臨床にも従事しつつ、
医療系コンサルタントとして活動している。

著書に「なぜ、あなたの薬は効かないのか?(光文社)」がある。

著書:「なぜ、あなたの薬は効かないのか?(光文社新書)」

「薬物動態」「薬害とドラッグラグ」「ジェネリック医薬品の利点と欠点」など、
薬の専門家として働くために必要な知識を分かりやすく解説した必須の入門書。