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ファーネッコ先生が行く へき地とあゆむ薬剤師を訪ねる旅 四国 香川県

旅人 ファーネッコ先生

うどん県
それだけじゃない
香川県

「へき地とあゆむ薬剤師」が香川県にいるという情報を入手した!なんでも、へき地医療に薬剤師が関わる仕組みを模索するモデルとなっている薬局があるのだという。薬剤師さんのことは何でも知りたい私は、四国は讃岐香川へ行くことを決意した。そして、香川といえばうどん!次いで、四国八十八箇所霊場やこんぴらさんが思い浮かぶ。今回は、「へき地とあゆむ薬剤師」の真相を確かめるとともに、うどん県のうどんはもちろん、“それだけじゃない”部分もご紹介すべく、吊り橋を幾本も紡いで渡る1泊2日の旅へ部下のTを従えて出発した。

11月某日、空が白み始めた 午前6:00、新大阪を出発。1時間ほど高速を走ると目の前の視界が開けるとともに、眩しい朝日に照らされた世界最大のつり橋、明石海峡大橋が見えてきた。全長3911m、主塔の高さは300m!その勇壮に私もTも見とれてしまう。眼下に広がる明石海峡の碧い海に行きかう大小の船が幾すじもの白い波を引く。ひと時の贅沢な感動を味わいながら、本州から淡路島へ渡り、大観覧車のある淡路パーキングで休憩をとった。
淡路島は日本の神話、古事記に登場する夫婦の国生みの神様、イザナギノミコトとイザナミノミコトが日本列島の中で最初に創造した島なんだよ。 私たちの車は淡路島を縦断し最南端に掛る吊り橋、大鳴門橋を渡る。鳴門海峡は瀬戸内海と太平洋の潮位差によって海が渦を巻く「鳴門の渦潮」が有名。偉大な自然の力を見ながら橋を渡るとそこは四国徳島県。分岐で高松自動車道に入り讃岐香川県へ。 四国特有の切り立った山を縫いながら目指すは“へき地とあゆむ薬剤師”がいるという多和地区だ。

香川県さぬき市多和地区。地図が示す場所には小学校と保育所…?不思議に思っていると、可愛らしい時計のついた保育所には「多和診療所」の文字。中に入ってみると、目的地「多和薬局」がありました。
NPO法人「へき地とあゆむ薬剤師」が開設した多和薬局は薬剤師2人、事務員1人体制で毎週火曜と木曜に開局している。来られる患者さんはご高齢の方がほとんどだ。患者さんは、清水先生(管理薬剤師)や真部さん(調剤事務)と楽しそうにお話している。清水先生はさりげない世間話の中でも、健康に過ごすための生活指導を行っていた!開局から丸3年、多和薬局は地域の皆さんに受け入れられ、「薬をもらう」だけの場所ではなくなってきているように感じた。

へき地とあゆむ薬剤師さんたちの思いを胸に、次へと出発!国道377号を走っていると、白衣の道中着や杖をついて歩くお遍路さんを見かける。多和薬局から車で約8分、四国八十八箇所の霊場第八十八番札所の看板を見つけた!お寺の階段に来ると医王山遍照光院大窪寺いおうざんへんじょうこういんおおくぼじとあった。立派な仁王門をくぐると巨大なわらじがお出迎え。境内を進むと大師堂があり中には八十八箇所の小さなご本尊が祀られ、一周すれば参拝と同じご利益があるとか。にわかお遍路の私たちも手を合わせてお参り。隣には弘法大師(空海)像や宝杖堂があり、こちらは結願した遍路の金剛杖が奉納され、毎年春分の日と8月20日に焚き上げが行われる。紅葉しだした木々を見ながらさらに奥に進み本堂へ。

参拝を終えたら、昼食だ!真部さんに“道の駅ながお”に隣接する「桜湖さくらこ」というお店の黒豚ハンバーグが美味しいとお伺いし早速桜湖さんで讃岐黒豚手作りハンバーグをいただく。
ジューシーで美味しい!平日ということもあってかご高齢のお客さんが多く、皆さん黒豚ハンバーグやかぐや姫御前という、こちらもボリュームのあ天ぷらをモリモリ食べておられた!食後はお遍路さんと並んで有名な“こんぴらさん”を目指す。高松市内をさらに西へ進み、午後3:20こんぴらさん駐車場到着♪

こんぴらさんの正式名称は金刀比羅宮ことひらぐうといい、香川県仲多度郡琴平の象頭山に鎮座する神社で農業・殖産・医薬・海上守護の守り神として信仰されている。
表参道から1段目の石段が始まり御本宮まで全785段!私たちは下から113段目にある一之坂鳥居すぐ横の駐車場に車を停めたのでここからスタート。一之坂鳥居の傍らには、重要有形民俗文化財「備前焼狛犬」があるが、焼き物の狛犬さんは初めてだ!この鳥居から先の大門までは特に急な石段となり、お土産屋さんも並ぶけれど登るのに必死でとても見ている余裕はない。石段の途中には様々な建物があり、365段目の大門は神域の総門。ここで振り向くと、今まで上ってきた石段が眼下に続き、遥かに讃岐平野が見えるはずが、あいにく雲が広がってよく見えない。よく上ったな〜と自分を褒めていると、Tが「あと400段以上あります」。

そしてついに歓喜の瞬間が! 石段785段、御前四段坂を上りきると、 御本宮!敷地内には神楽殿、三穂津姫社、絵馬殿など見所が多すぎてとても書き記せない。 おみくじを引きたいが、ここまで来て中途半端な吉や凶だとへこむので、Tに「おみくじを引いてみたら?」と提案。へこむだろうな〜笑ってあげよう♪なんて思っていると、「大吉です!」と無邪気に笑う。 私とTはここで帰路の「下向道」の石段を下ったが、実は金刀比羅宮はまだ先に、「奥社」(厳魂神社いづたまじんじゃ)が存在する。御本宮の西にある鳥居をくぐればさらに石段があり、ここまでの785段プラス583段の全1368段!もう、ちょっとした登山だ。こんぴらさんへはヒールや革靴では無理なので履き慣れたスニーカータイプがベスト。

高松市内に入ったのはすっかり夜になった午後7:00過ぎ、帰宅時間とも重なり初めての渋滞に巻き込まれた。高松市は四国経済の中心地で街は人も車も多くかなり都会。夕食を求めて夜の繁華街に繰り出すと、当然うどん屋さんも多いけれど、やけに「骨付鳥」の文字を多く目にする。なんでも鶏の骨付きもも肉を焼いた香川のご当地グルメだそうで香川県丸亀市が発祥らしく、うどんに負けじと結構な勢いで高松市や香川県内で広がっているそう。今度来た時はぜひ食べてみよう。

翌朝は暖かく空には曇が広がり、時折太陽が顔を覗かせるお天気。予約をしていた手打ちうどんが体験できるお店へ!到着したところは……ん?お店ではなく麺工場だった!隣接する建物の事務所で料金を支払い、早速工場の2階へ案内してもらう。部屋は広くて山のように積まれた“たらい桶”が目に飛込む。麺を打つ机や食事ができるテーブルが並び、これなら沢山の人が手打ちを体験できるね。のれんの掛かった向こう側はうどんを湯がく調理スペースだ。

手打ちうどんの先生登場♪エプロンを貸りて、生地作りから作業が始まる。まずは粉と塩水をたらい桶に入れ手早く混ぜるのだけど、約分間かき混ぜるのが大変。先生は素早くキレイに「このように」とおっしゃるが、これが“みる”と“やる”では大違い。腕はすぐに疲れ足腰にも疲労が…何とOKをもらい生地を丸めて1つの固まりに。生地は風にあたると乾燥するのでビニール袋に入れて、1cmの厚さになるまで平たく押し、袋から取り出してロー状に巻いたり、三つ折りに畳み袋に戻しては伸ばす作業を何度も行う。生地に弾力が付き始めるのでこれまたしんどい。楽しいはとっくに越えて、無言で格する修行そのもの。先生は小柄な女性なのにホントに軽々と仕上げる。そうしてようやく麺棒での延ばし作業へ。手打ち麺の作業で一番楽しく見えるところね。でも、巻いてまた延ばしてを繰り返すだけなのに難しい!先生のお手本では丸い生地を何度も角度を変えて、巻いて延ばすと最後は四角い生地になるの、私たちの生地はだらしのない楕円形だ…。生地を3、4段に折り畳んで3mm厚に切っていると、急におじさんが現れ私の切った麺の粉を手際良く落として麺にスルっとかけると「太いな、もうちょと細く切らんと」と言い残して去って行く。誰?と怪訝な私に先生が「社長です」と耳打した。あ〜社長さんだったのね〜、失礼いたしました。

時計の針は午前11:30、続いては鬼ヶ島へ! 通称を鬼ヶ島という女木島は高松港から4キロ先の瀬戸内海に浮かぶ島だ。3年に1度、直島を中心に行われる現代美術の祭典、瀬戸内国際芸術祭の開催地のひとつでもあり、恒久作品もあるらしい。これは行かないとね!ちなみに第3回は2016年の3月、7月、10月の開催だよ。赤い小さなフェリーに乗った私たちは鬼退治に行く桃太郎気分。乗船時間は20分。お洒落な“鬼の館”で鬼の洞窟行きのバス切符を買い、細い山道を登って行った。

女木島が「鬼ヶ島」とされる由縁は、香川県の桃太郎伝説にある。香川県の桃太郎は吉備津彦命きびつひこのみことの弟、稚武彦命わかたけひこのみことがモデルで、吉備の国か讃岐の国に来た時、土地の住民が鬼(海賊)の出没で苦しんでいるのを知り、備前の犬島(岡山県)、陶の猿王(香川・綾南町)、雉ヶ谷(香川・鬼無町)住む勇士を連れ鬼退治をしたと伝えられている。鬼が住んでいたのが女木島で、桃太郎が鬼を退治して鬼がいなくなったことから「鬼無」という地名に。そて大正3年に大洞窟が発見され、桃太郎伝説と女木島が結びつき、以来、女木島は「鬼ヶ島」と呼ばれるようになったという。
ガイドさんの案内で入った洞窟内はひんやりとして、いたる所にたくさんの鬼たちがいる。洞窟の上には展望台があり「景色がいいよ」とガイドさん。少し荒た階段をゼェゼェ言いながら上ったが、昨日のこんぴらさんが効いてます…。標高188mの鷲ヶ峰山頂からは瀬戸内海を360度見渡すことができ、霞がなけれ絶景なのは間違いない。

港の鬼の館に戻って一休みした後、島内を散策してみたが海に近い家の前に石垣の壁が造られている。これはオーテと呼ばれているそうだ。冬になると島の人たちが「オトシ」と呼ぶ季節風が、山頂に当たって吹きおろし、波しぶきや霧状になった海水が舞って、家の中まで入ってくるらしい。だから家が隠れるほどの高い防風石垣を築いたんだね。島内に点在する瀬戸内国際芸術祭の恒久作品を見て回る。有名なのは休校中の女木小学校の中庭の作品“女根/めこん”や“段々の風”などのアート作品。
帰りのフェリーに乗り、時間が止まったかのような風景とアートが混在する不思議な時間を過ごした女木島が小さくなってゆく。そして瀬戸内海の美しい景色は心穏やかなものにしてくれる。帰る高松港を見やると大小のビルが並ぶ、とても現代的な都市の姿があり、桃太郎ではなく浦島太郎になったかのような気分を味わいましたとさ。

ここから最後に渡る吊り橋、瀬戸大橋は瀬戸中央自動車道の四国香川県坂出市と本州岡山県倉敷市を結ぶ本四国連絡橋。本州と四国のあだの5つの島に3つの吊橋と2つの斜張橋、トラス橋で結ぶ全長37kmのルートで、これらを総称して「瀬戸大橋」と呼ぶ。午後5:00、最初の橋を渡ったとこで与島パーキングに入る。瀬戸の海に沈む夕日は息をのむほど美しい。身動きもできず、瞬く間に沈み行く夕日を眺めていた。

赤いテールランプを追いかけていると、いつしか岡山県倉敷市に入っていた。山陽自動車道に入れば先を急ぐ大型トラックや乗用車が多くなる。幾つものトンネルを抜けるたびに灯りが増え、東の空が明るく見えてくるとそこはもう神戸だ。

大阪、阪急梅田駅付近に到着したのは午後9:00過ぎ、この旅の走行距離は602km。瀬戸内海の穏やかで優しい波に癒された私たちは、大都会を漂う人の波に憂鬱さと無事に旅を終えた心地よさに戸惑いながら、いつもの喧噪に溶けてゆくのを感じた。

NPO法人へき地とあゆむ薬剤師の安西理事長にお話を伺いました。

左から真部さん・清水先生・安西理事長

香川県は平成23年12月に内閣府の地域活性化総合特区「かがわ医療福祉総合特区」の指定を受けました。丁度同じ頃、多和診療所が老朽化により近隣の保育所跡へ移設することとなり、同所へ多和薬局を開設する運びとなりました。

多和地区にはそれまで薬局が無かったため、医師が薬を自由に使えず、処方医薬品数も月60~80品目程度でした。多和薬局開設に伴い140品目と約2倍にまで増え、それぞれの患者さんに適した投薬ができるようになりました。また、1日の患者数が数名~15名程度と、ゆっくりとした時間の流れの中だからこそ、薬剤師が一人の患者さんに十分な時間をとって、薬の服用方法や日常での薬との付き合い方、食事などの生活指導ができるようになりました。

通常、街の薬局でいえば、今後の展望は患者数を増やして、店舗数を増やして…というお話になりますが、へき地ではそうはいきません。高齢化が更に進み、人口も減っていく中で、よりきめ細かなご指導ができるようにしていきたいと考えています。住民の方とのふれあいを大切にし、地域の活動に一緒に入って馴染んでいきたいですね。

多和薬局は徳島文理大学香川薬学部の薬学生の実習も受け入れています。連れてきてくださる大学の先生方のへき地医療に対する認識も新たになっていきますし、学生さんから「へき地医療というものがあることを知らなかったが、実習を通して絶対必要だと思った」という感想を聞くと、未来の薬剤師への期待も高まります。

「へき地」は日本全国にあります。人口は減っていっても無くなることはありません。へき地でも「日常の医療」は地元で受けることができる環境が必要です。そこで、へき地に隣接した地区で働く薬剤師の先生方には是非一度、へき地に目を向けて頂きたいのです。近年、パソコンを使った医師の遠隔診療が進んでいますが、同じように香川県では薬剤師がパソコンで患者さんとお話し、服薬指導をするという取り組みも始まっています。そういったお話があがった際には、面倒がらずに是非積極的に参加して頂けることを願っております。

多和薬局管理薬剤師の清水先生にお話を伺いました。

普段は香川県学校薬剤師会の理事として学校の環境衛生の調査や指導をし、多和薬局が開局する火曜・木曜は管理薬剤師として勤務しています。経営していた薬局を閉局してから、特に薬剤師としての勤務は考えていなかったのですが、丁度多和薬局の事業について聞き、参加を決めました。へき地医療に取り組もうと思っても、個人経営ではまず採算が取れません。多和薬局もNPO法人「へき地とあゆむ薬剤師」会員費や寄付金、国・県の特区に関する実証実験資金から運営しており、私もボランティアで勤務しています。お金を稼ぐために……という訳ではないので、使命感がないと続けていくのは難しいでしょうね。

現在は多和薬局だけではなく、全国の薬局で薬剤師不足が嘆かれています。へき地では尚更です。ただ、地域活性化総合特区の事業であれば、他の薬局で管理薬剤師登録をしている薬剤師でも、へき地薬局で勤務することができます。へき地医療へ志のある薬剤師さんは是非、そのことも心に留めておいて頂ければ幸いです。

私自身、患者さんとたくさんお話する方では無かったのですが、多和薬局では1日の患者数が少なく、一人にかけられる時間が長くなりました。また、地域の行事に積極的に参加することで、多和地区の皆さんとふれあい、それぞれの患者さんの背景も分かるようになってきました。患者さんとの距離が近くなったことで、患者さんが薬局に入ってきた時の顔色や歩き方でその日の調子や必要な薬が分かるようになりました。多和地区の皆さんも初めのうちは「薬局で薬剤師に相談する」ということに戸惑いもあったようですが、開局から3年経った今では、気軽に薬や食事について相談してくださるようになりました。このような信頼関係が、へき地の薬局で働くやりがいになっています。

取材協力

多和薬局
香川県さぬき市多和助光東29-4
TEL 0879-29-6978