城西国際大学薬学部の准教授と保険薬局の人事・教育・採用のコンサルティングを兼務している富澤氏。教育者とコンサルタントという2つの顔を持つ富澤氏から薬学生の就職活動の動向や保険薬局の薬剤師採用状況についてお伺いしました。
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UNIV(以下 U)
富澤さんのご経歴を教えてください。
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富澤
東京薬科大学を卒業して修士課程に進むも、途中で1年間休学してクリニックや保険薬局で働いたりしました。大学院卒業後は、山梨大学医学部附属病院薬剤部に3年間勤務しました。その後、城西国際大学が薬学部を新設するということでお誘いをいただき、千葉の東金に移りました。そして株式会社ファーコスでの人事・教育の経験を経て、現在は保険薬局企業への人事・採用・教育のコンサルティングと大学教員の二足のわらじを履いています。
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U
病院で働かれた理由をお聞かせください。
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富澤
薬学部に入って就職を考えたときに、とにかく薬剤師で働くことは決めていていましたが、大学病院の大きな廊下をロングの白衣を着て、颯爽と歩くあの姿に単純に憧れを持っていたんですよね(笑)
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U
3年間、病院薬剤師を経験されて得られたことは何でしょう?
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富澤
マネジメント業務に対する自己の関心の高さに気づけたということですね。私はチーム医療を通して、その職場の中の問題を解決するときに、個々の専門性が必要なのはもちろんですが、それをまとめるマネジメント能力の高い人間が不可欠だということを実感しました。私は、薬剤師としての専門性よりも、プロジェクトをマネジメントすることに関心が高まりました。
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U
さまざまなご経験をされていますが、大学の教員になろうと思ったきっかけはありますか?
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富澤
私自身、人に教えるという行為が好きなんだと思います。昔、中学生のときに学校の先生になりたいと思う時期もありました。今は大学で学生に授業を行いますが、現役の医療者や介護職を対象としたセミナーや講演会、街の公民館で地域の高齢者を集めたお薬勉強会などを頼まれることもあります。人に教えたり何かを伝えたりすることが好きで、相手の気付きを深める働きかけができるとうれしいですね。
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U
城西国際大学ではマネジメントに関する授業もされるんですか?
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富澤
はい。多くの薬学生が行動力、企画立案力、情報発信力、傾聴力などといった、経済産業省が提唱する「社会人基礎力」を社会に出てから身に付けることが多いかと思います。マネジメント能力もしかりです。しかし、なるべく学生時代にそのスキルや素養を身に付けるべきと考え、大学教育の中でマネジメントや「社会人基礎力」について取り入れています。私が行うこれらの授業は、教員が学生に一方的に授業をするのではなく、学生自らが考え、行動する力を身に付けていくことを目的とした参加型授業です。
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U
学生の方に気づきを持ってもらえる教育というのは全国的にまだまだ不十分ですよね。
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富澤
はい。十分とはいえませんが、ここ数年で参加型授業やアクティブラーニングは増えてきています。
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U
若い世代をあらわす言葉として、“ゆとり世代”とありましたが、今の薬学生はどういう傾向でしょうか?
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富澤
周りとの同調、同化するということを重要視している傾向を感じます。本来ゆとり教育というのは個性を尊重するというコンセプトでしたが、その世代の当事者たちはむしろ“没個性”ということをすごく重視しているように思えます。なるべく他の人と一緒に立ち居振る舞おうと、同じ服を着て同じ言葉を喋って、同じものに感動して同じものに「いいね!」をすることが重要だ、と考えているように見受けられます。学生たちと話をしていても「なるべく周りと一緒であることを重視している」「空気を読むことに必死だ」と実際に口にします。そういう価値観なんだ、というのはこの時代特有の感じがしますね。
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U
それは学生の就職活動にも表れていますか?
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富澤
かも知れないですね。なるべくみんなと一緒っていう価値観の学生は、言葉は悪いですが安易に就職を決める傾向があるかもしれないですね。みんなが良いって言ってる会社は良いだろうと、だから私もそこに行っておけば大丈夫だろうと、周りの情報で判断しているようにも思えますね。一方で、個性を活かして就職をしたいという学生は、従来の枠にとらわれないような就職先を自分から見つけてくる傾向も少なからずありますね。必ずしも薬剤師免許を使うってことにこだわっていない学生も一定数います。
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U
そうですね。大学の就職説明会でも友だちと一緒に行動したり、先輩から大手のここが良いって聞いたりするとその会社に人が集まりますね。
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富澤
以前の学生は、評判が良い会社も行きつつ、そうではない会社も5社6社天秤にかけてどこが良いかというのを判断していたと思いますが、最近の学生はあまりそういったことをせずに、先輩や友人が良いって言った会社に決めてしまいますよね。他の会社は比較しなくていいのかと心配になりますね。あまり就職活動に時間をかけていられないのかもしれません。
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U
学生が就職活動にあまり時間をかけないといった傾向は、国家試験の合格率低下の影響もあるのでしょうか?
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富澤
それは間違いなくありますね。学生個人だけでなく、大学側にもその傾向が感じられます。国家試験合格率というのが学生募集に大きな影響を及ぼしますから、当然どこの大学も合格率も高くしたいというのは当然だと思います。大学にもよりますが、大学側が就職活動や卒業研究よりも国家試験を優先することを学生に暗にメッセージを送るっていうのは不思議なことではないですよね。
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U
では、大学側で国家試験の合格率を上げるために今、必要なことは何ですか?
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富澤
難しい質問ですね(笑)。教育機関としてカリキュラムや指導の内容、学習方法に力を入れるのは当然ですが、大学側だけでなく、親御さんのバックアップも必要ですね。本人が何のために薬学部で勉強をし、将来何をやりたいかということを明確化することにより国家試験に向かっての勉強意欲が高まります。そういった学生への動機付けは合格率を上げる糸口ではないでしょうか。
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U
今の学生は親御さんの奨めで薬学部に入学している学生もいらっしゃるのでしょうか?
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富澤
そうですね。最近では小学生からなりたい職業に「薬剤師」というのが出てくるようです。野球選手とか、学校の先生とか…よくありますが、小学生にとってはなじみの少ない薬剤師。おそらく親御さんの影響があると思います。「親が子供に将来就かせたい職業のランキング」でも薬剤師が上位に位置するようになり、薬剤師が安定しているというイメージから親御さんの奨めで薬学部に入学している学生は決して少なくないと思います。
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U
学生のなかでも、何となく薬学部に入って、何となく就職してという方もいらっしゃると思いますが、学生時代に自分がなりたい将来像を描くには何が必要ですか?
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富澤
良い質問ですね。学生時代にいかに社会との接点を作るか、また社会人体験をどれだけ学生時代にできるかが重要です。アルバイトや実務実習でも大学のキャンパスでは経験できない社会との接点を持つことができます。薬学部においてはどうしても就職先として思い描くのが薬局、病院、ドラッグストア、製薬メーカーといった4択、5択に縛られてしまいますが、薬学部を出ていても幅広い職業に就いている人が意外と多くいます。こういう仕事もあるんだ、これは面白いかもしれない、と感じる選択肢がたくさんあればあるほど、その何かが自分の中の動機付けになって、6年間を有意義に過ごせるモチベーションに繋がってくると思うんですよね。その選択肢をどれだけ学生時代に設定できるか。その選択肢を作るためには、キャンパスの外との接点を作るべきだと思います。
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U
ありがとうございます。それでは次に薬局薬剤師の採用事情についてお話をお聞かせください。薬剤師が不足している薬局も多いですが、そもそも薬剤師の母数が少ないのでしょうか?
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富澤
そうですね。需要に対して供給が追いついていないのが実情です。しかし、そのなかでも薬剤師を採用できている薬局もあればそうでないところもあります。薬剤師採用における勝ち負けがあるのも事実ですね。
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U
採用できている薬局と、採用できていない薬局の差というのはありますか?
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富澤
もちろん給与面や福利厚生、勤務地など採用条件の違いも1つの要素ですが、決定的に言えるのは会社の魅力ですよね。会社の魅力が学生に伝わっている会社は採用できています。自分たちの強みをよくわかっていない会社は、学生に何をアピールして良いか分からず、採用条件ばかり説明したり、ピントがずれたことを説明したり、…これが一番の原因じゃないですかね。
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U
保険薬局は差別化が難しく、どの薬局も似たりよったりに思えるのですが、会社の魅力を見出す方法はありますか?
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富澤
自社の強みやセールスポイントを作り出すという作業をしないといけないですね。魅力がないのではなく、必ずあるはずなんです。少なくとも何年間か会社が存続しているということ、そして何人かがそこの会社に従事しているということは何らかの良い部分があって、会社が存続し、そこで汗水流して働く従業員がいるのです。必ず良い部分がありますが、それに気付いていないだけです。薬局という業態自体が競合他社との差別化を図りにくいですが、自社の強みを明確に描き、その強みを会社の代表、採用担当、全従業員が共有するべきです。
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U
薬局が採用力を上げていくために必要なものは何でしょうか?
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富澤
これはある本から引用している言葉ですが、「採用が最も優先すべき経営課題であると経営者が認識すること」です。リスクマネジメントや新規ビジネスの考察、財務面を強化することなど色々な経営課題はありますが、人を採用するということが最も重要かつ優先すべき経営課題である、というふうに心の底から経営者が覚悟を持っているかというのが一番だと思いますね。
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U
生き残っていく薬剤師とそうでない薬剤師の違いとこれからの薬剤師に求められるものは何でしょうか?
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富澤
人でなければ出来ない仕事に特化していくことです。定型業務とか、機械化できるものというのは、いずれ薬剤師の手を離れていきます。人でなければできない対人業務がますます重要になっていきます。今回の報酬改定も「患者のための薬局ビジョン」でも対人業務の重要性が謳われています。どの職業においても人でなければ対応できない仕事に集約していきつつあります。薬剤師にとってそれが何なのかというのを一人ひとりが考えないといけないですよね。
薬剤師を取り巻く環境が変化しているわけですから、その環境変化に追いつこうとするかどうかの違いであったり、電子お薬手帳や薬歴音声入力システムなどの新しい物事への適応力の違いであったり、そういうことが薬剤師間の差を生んでいくのではないかと思います。
たとえば、外国人観光客や外国人労働者の受け入れが増えていくことを考えれば外国語対応に備えたり、関心が高まる自然災害や大規模地震を想定して災害医療に力を入れたり、急速に広がるIoT(Internet of things)やICT(Information and Communication Technology)にいち早く対応し、地域医療情報の電子化やネットワーク化を先導したり、過疎化と高齢化が進む地方自治体の再生や町おこしに参画したり・・・。スケールの大きい話に聞こえるかもしれませんが、外部環境の変化に積極的に対応していくことがこれからの薬剤師に求められるセンスと能力なのではないでしょうか。 -
U
最後に富澤さんの薬剤師と関わる仕事の中での今後の目標はありますか?
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富澤
その答えを日々追い求めています(笑)。今、考えていることとして、学生教育と社会人教育の境をなくしていきたいと考えています。学生は6年間かけて国家試験に合格することがゴールになっており、そこで一旦自己の学習が終わって、病院や薬局、メーカーなど社会人としての学習がそこから再スタートするという流れになっています。国家試験を境に学生教育と社会人教育が分断されます。また、学生教育から社会人教育に進むという一方通行の流れではなく、相互に行き来できるような仕組みができないかなと思っています。社会人も学生と一緒に大学で学び、学生も社会人のフィールドで一緒に学ぶ機会を増やせるような仕組みができないかなと思っています。そうすることにより、学生が早い段階から社会人と接する、または社会というフィールドと接することによって、学生の社会に対する認知が高まります。それが将来への選択肢の広がりや自分への動機付けになるのではないでしょうか。このような学生への動機付けになるような活動を今後も行っていきたいですね。
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U
目標が実現できるといいですね。学生にとって動機付けになる活動を期待しています。本日はありがとうございました。