薬局・薬剤師は変わるはず…
「超高齢社会になって地域医療の在り方は変わらなくてはならない。」とか、「薬学教育が6年制になったこともあり薬剤師の役割も変わらなくてはならない。」といったことは、たくさん見たり聞いたりされてきたのではないでしょうか。
1つ1つの意見は、もっともです。我が国が世界に誇る国民皆保険制度においては、働く人たちが少しずつ払った保険料や税金で、病気になった方の治療費の補助をすることで、保険証1枚あれば、わずかな自己負担で安心して治療が受けられる仕組みになっています。労働人口が多く、高齢化が進んでいなかった時代には、このやり方は極めてうまく回りました。しかし、時代は変わっています。高度成長期から40年が過ぎ、労働人口が減り、高齢者人口が増えるようになったということは、この社会保障制度の在り方そのものを見直さなくてはならないということです。
また、良性疾患がコントロールされるようになり、慢性疾患が増えるとなると、それだけ長期に亘って医療が必要となりますから、注意していても医療費の高騰は避けられません。医療技術が進歩し、脳梗塞や心筋梗塞の救命率が上がるということは喜ばしいことですが、その後に継続的な治療や介護を伴う長期療養、リハビリテーションが必要となると、医療費はかさみつづけることになります。今後、数十年にわたって労働人口が減少し、高齢者人口比率が増えることを考えると、高度成長期時代の社会保障システムは変化する必要があることは容易に理解できます。
では、どうするのかということを考える時に、高齢者に対する慢性期医療のほとんどは、病名を診断するための先進的な検査でもなければ、命を救うための高度な外科手術でもなく、投薬治療であるということを考えれば、薬剤師が重要な役割を果たすことも極めて重要なはずです。
さらに、現在の薬局での薬剤師の現状には到底満足できないという意見も数多く見られることも残念ながら事実のようです。特に、6年制教育の影響もあってか、患者のそばで活躍する専門的医療職を目指そうとする薬学生や薬剤師にとって、ともすれば医師の処方箋に従った「くすりの袋詰め」にも見えかねない(本当は、そうではないのですが!)受動的な薬局薬剤師業務は、魅力的に映らないようです。薬局が地域医療の中できちんと機能するためには、薬剤師がいなくてはなりませんが、その薬剤師を採用し、定着してもらうためには、いわゆる「門前調剤薬局」では難しくなってきたわけです。
さらに、マクロで見れば、2013年に厚生労働省から示された「地域包括ケアシステム」のなかで現在の薬局や薬剤師がどこまで機能的に動けるかというと想像することが難しくなってきましたし、2015年に同じく厚生労働省から示された「患者のための薬局ビジョン」では、薬局は立地から機能へ、薬剤師は対物から対人へとシフトすることで、すべての薬局がかかりつけ薬局となり、かかりつけ薬剤師が地域の中でもっと活躍するべきだということが明記されました。まさに、薬局・薬剤師は変わらなくてはならない、という背景も、雰囲気も、状況証拠(?)もそろってきたのだと実感します。
日本在宅薬学会の活動拡大が示すもの
私自身は、自分が医師として働くなかで薬剤師がこう動いた方がよいのではないかと感じたり、自分が経営するハザマ薬局の薬剤師と様々なトライアルをしたり薬学生の採用活動をしながら、患者さんや、医師、看護師などの医療従事者、ケアマネやヘルパーなどの介護従事者、さらには、薬剤師や薬学生の生の声を聞く機会を少なからず持つことができました。
そこで、今から7年ほど前に、薬剤師が地域医療の現場でもっと活躍することは医療を変えることになり、そのために必要な知識や技能を身につける様々な臨床経験を積んでいく仕組みを作ることが大切だと考えるようになり、自分の薬局で行った勉強会や研修会を一般の薬剤師にも公開する形で在宅療養支援薬局研究会という一般社団法人を作りました。当初は、数十名の細々とした会でスタートしましたが、その後、活動に加わる方が徐々に増え、現在では日本在宅薬学会と名称を変更し、公益社団法人薬剤師認定制度認証機構の認証を受けた「在宅療養支援認定薬剤師制度」を発足させるなど、活動の幅を広げています。ここで感じるのは、「現状は変えなくてはならない」「変えることは容易ではないが、自分が動かなければ始まらない」「自分が動けば、確かに周囲は変わっていく」といったことを考え、行動し始めた薬剤師の熱いムーブメントです。学会の会員数も1,400名を超え、バイタルサイン講習会の参加者は3,500名を超えようとしています。認定薬剤師も40名近くになり、それぞれのメンバーが、自分の地域で医療を変えようと活動している様には、私自身が勇気づけられてきました。
社会全体の動き、その理論的背景、そして、日本在宅薬学会での活動の広がりを考えると、「いよいよ変わる!」といった雰囲気は高まってきていると感じてきました。
変化が起こるための最後のワンピース
しかし、現実はなかなか難しく、多くの薬局やそこで活躍する薬剤師の在り方は変わってきませんでした。日本在宅薬学会の研修会に参加して「やっぱりこうあるべきだ!」と思っても、自分の職場に帰ると冷や水を浴びせられるような現実にげんなりするというお話はよく耳にします。
研修会で盛り上がって帰っても、相変わらず医師や患者さんには「薬を渡してくれる人」と思われていて、「早くして!」「間違わずに出して!」といわれる現場が待っています。医師や看護師の薬剤師に対する認識が変わるためには、薬剤師が実際に変わって、今までと違う働きをしたり結果を出したりすることが必要ですが、薬剤師が従来と異なる何かをしようとすると、「門前調剤薬局の計数調剤」に専念することを職場の上司や経営者には求められるわけです。ここが、「変化しなくちゃいけないのはわかっているし、変わりたいけど、動けない」という薬剤師のジレンマの根底にあるものだと思ってきました。
この理由は、薬局の採算性です。お金は人生でもっとも大切なものではありませんが、人生でもっとも大切なものの1つですから、私たちの行動や生活はお金の影響を激しく受けます。薬局の採算性が取れないということは、スタッフに給料が払えないと言うことであり、薬局と言うビジネスを永続させることができないということになります。よって、薬局長や経営者は、医療として大切なこともあるけれど、まずは、「門前調剤薬局の計数調剤」に専念して欲しいと願うわけです。ただ、この薬局の採算性の基本となるのが調剤報酬制度であり、それは2年に1回改定されます。1974年の医薬分業の本格的な開始以後、調剤報酬制度は、薬剤師の対物業務に評価を(=お金を)つける制度でした。しかし、時代は変わり、先ほどの「患者のための薬局ビジョン」に示された様に薬剤師の役割は「対物から対人へ」と舵がきられました。
そして、2016年4月の調剤報酬改定にその方向性が反映された結果、「門前調剤薬局の計数調剤」に専念しているだけでは、薬局経営が成り立たなくなることが明らかになってきました。さらに、この方針は今後、地域包括ケアシステム構築の目標である2025年までは当面続くことが予想されています。
「理論もあるべき姿もすべてわかった。しかし、それでは採算が取れないからこれをやるんだ。」と考えていた薬局経営者や薬局長が出す指示は明確に変わっていくはずです。薬局・薬剤師が変わるための最後のワンピース。それが2016年度調剤報酬改定なのだと思います。