この連載では、“食と栄養”が人の健康に密接に関わっていることと、“食と栄養”の正しい実践が多くの病態を改善させること、そして、身体に吸収された栄養素がどのように作用して病気の改善に役立っているのかについて、例を挙げながら説明していきたいと考えています。
鉄は女性の不定愁訴改善に必須
前回は、タンパク質と脂質について、健康に関する専門家として、どのようにクライアントへ説明するかお伝えしました。医療機関の受診が必要であったり、薬局へ相談に来る状態のクライアントの場合には、十分なタンパク質が食事から得られていないため、適切な食事の指導は健康レベルを上げる基礎的なアプローチになります。是非、メディアの情報に惑わされることなく、適切にアドバイスしてあげてください。今回は鉄についてお伝えします。
まず、薬剤師を含むヘルスエキスパートが知っておくべき、鉄に関係する情報を整理することにします。
1997年という古い報告ですが、WHOは世界中で20億人以上が顕著な鉄欠乏であることを指摘しました。その結果として、先進国の多くはパンやシリアルなどに鉄を加えました。ところが、肉の消費量が欧米諸国に比較して少ない日本では、鉄強化のパンや米を見たことがありません。つまり、特に日本人の女性では、鉄欠乏は深刻な問題なのです。さらに、医療機関や健康診断などで貧血と診断されるよりも遙かに早い段階で、鉄不足による体の不調が始まっていることが知られるようになりました。これは新型鉄欠乏などと言われることもあり、めまいや立ちくらみなどの貧血症状だけでなく、疲労や冷え、抑うつ症状にも関係しています。
つまり、このような不定愁訴を感じ、医療機関を受診したり、薬局に相談に行ったりする女性には、貧血と診断される以前の新型鉄欠乏の状態であることが多いのです。
私が実践しているオーソモレキュラー療法では、女性のうつを始めとする多くの症状の改善には、鉄欠乏の改善は必須のアプローチになります。ところが医療機関では、貧血の時だけ鉄剤を処方します。ですが、処方された鉄剤を飲むとおなかの調子が悪くなったり、かえって疲労感が出たりするため、継続することができない患者さんが多いことは、薬剤師の皆さまであれば経験されていると思います。
鉄は、その構造によってヘム鉄と非ヘム鉄に分けることができます。
肉などの動物性食品に含まれているのがヘム鉄で、人の腸からは吸収されやすい形をしています。一方、ホウレンソウやプルーンなどに含まれる鉄や薬として処方される鉄剤は、非ヘム鉄に分類されます。非ヘム鉄は人の腸からは吸収されにくいため、ホウレンソウをいっぱい食べたり、処方の鉄剤を服用すると、吸収されなかった鉄が便に含まれるようになり、便の色が黒くなることがあります。
鉄の吸収率
食材からの鉄供給は動物性タンパク質が主である
出典:鉄材の適正使用による貧血治療指針改訂(第2版)日本鉄バイオサイエンス学会 p7
食事に肉類を増やすことは、鉄の補充はもちろん、タンパク質も同時に摂取できることから、有効であることがわかりますね。
サプリメントによる鉄補給の注意点
さて、鉄が不足した状態では、食材からの鉄補給を増やしても、なかなか改善しないことが知られています。そこで、鉄を含んだサプリメントの出番になります。
人の腸が鉄を吸収する経路には、大きく分けて2種類あります。ヘム鉄を専用で吸収する経路と、他のミネラルも一緒に吸収される経路です。ヘム鉄は専用の経路で吸収されるために吸収率がよく、フィチン酸などがあっても吸収が阻害されることはありません。非ヘム鉄は、他のミネラルと同じ経路で吸収されるために吸収率が低く、フェチン酸などの影響で、吸収率はさらに下がります。また、ビタミンCと一緒に摂ると吸収率が上がるのは非ヘム鉄の場合です。
このほか、非ヘム鉄の吸収率を上げるものに、キレート鉄や酵母鉄があります。これらは非ヘム鉄である無機の鉄をアミノ酸でキレートしたり、酵母によってアミノ酸などで包み吸収しやすい形にしたものです。キレート鉄の生産は、日本では承認されていないため、海外から個人輸入することで手に入れることができます。日本では酵母によって作られた吸収しやすい酵母鉄が材料として使われていますが、酵母アレルギーの人が多いことが知られるようになり、乳酸菌によって鉄を吸収しやすい形にした乳酸菌鉄を材料にしているものも出てきました。これは乳酸菌の構成成分も原材料に含まれ、整腸作用も期待できる優れた鉄の材料です。
処方の鉄剤でもキレート鉄でも酵母鉄でも乳酸菌鉄でも、非ヘム鉄を用いて鉄の補充をするときには注意することがあります。それは、非ヘム鉄はほかのミネラルと吸収経路を一緒にするために、鉄だけが単独で大量に服用されると、ほかのミネラルの吸収阻害が起こってしまうことです。
人の腸はゴッドハンドと言われます。非ヘム鉄を用いて補充するときには、ほかのミネラルもバランスよく含んだものを用いることによって、ゴッドハンドに任せて鉄の吸収とほかのミネラルの吸収を調節してもらうことが重要です。そして、鉄が不足することによって起こる不調には、鉄をうまく利用できないという栄養のトラブルが伴います。吸収された鉄を上手に利用するために重要な栄養素は、タンパク質とビタミンB群です。このことから考えても、赤身の肉はタンパク源だけでなく、鉄もビタミンB群も豊富に含む優れた食材です。鉄を摂取する際に気を付けたいのは、どのような種類の鉄剤でも、体に吸収される量を超えた場合は腸内に鉄がとどまることです。これにより、鉄を好んでエサとする腸内細菌の悪玉菌にとって好ましい環境を作ってしまい、分裂&増殖する原因となります。このことが、処方された鉄剤を服用した時に起こる、おなかの不調の原因の一つです。
食事からも鉄の摂取を増やしながら、それでも足りない女性の鉄不足に対してサプリメントを用いて補正するのは、様々な不調を改善させる有効な方法です。そのときには、以下の事柄に注意するとよいでしょう。
・吸収のよいヘム鉄や、乳酸菌鉄を材料としたものを選ぶ
・ほかのミネラルもバランスよく摂取する
・鉄の体内利用を上げるために、タンパク質とビタミンB群をしっかりと摂取する
・おなかの不調を起こさないようにする
・便が黒くなりすぎないようにする
海外では、女子学生の抑うつ傾向に新型鉄不足が関係していることが多く報告されるようになりました。また、鉄が不足している状態の妊娠では、産後うつになる危険性が高いことも報告されています。上記のポイントを守っている限り、鉄が体内で過剰になることはありません。安心して、食事の指導とサプリメントの服用を勧めて大丈夫です。
成長期のお子さん、有経の女性、そして妊婦さんなどには、積極的に鉄の摂取を指導しましょう。そして、症状の改善だけでなく、より健康な状態になるように、ヘルスエキスパートとしてご指導いただければと強く願います。
プロフィール
新宿溝口クリニック院長。一般社団法人オーソモレキュラー.jp代表理事。2000年より慢性疾患の治療にオーソモレキュラー療法(栄養療法)を導入。2003年に栄養療法専門の新宿溝口クリニックを開設するとともに、栄養療法の基礎と理論を医師、歯科医師へ学会やセミナーを通して伝え始める。2014年より、薬剤師、看護師、管理栄養士など医療系国家資格所有者を対象とした栄養療法の基礎と理論について講義を行う「ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)養成講座」を開始。
オーソモレキュラー.jp
著書
「疲労も肥満も「隠れ低血糖」が原因だった!」(マキノ出版)
急激な午後の眠気、イライラ、うつ状態などの原因は、病院の検査では見つからない「隠れ低血糖」が原因だった!肉から食べる「肉ファースト食」で、健康生活を取り戻せ!