はじめに
調剤薬局のM&Aが活発になっています。
ファーネットマガジン読者の皆さまにおかれましては、新聞記事やM&A仲介業者からの営業などでご存知のことでしょう。しかしながら、難しそうでよくわからないという方、M&Aという言葉自体に不信感を持たれている方も多いのではないでしょうか。
そこで、前編と後編の2回に分けて、薬局のM&Aに関する基礎知識と具体例を用いた税金シミュレーションをしていきます。薬局オーナーの皆さまの経営判断の一助、また独立開業を目指す薬剤師の皆さまのお役に立てれば幸いです。なお、今回の連載は、法人の調剤薬局を前提としています。
M&Aに関する誤解
M&Aとは、簡単にいうと、薬局そのもの、あるいは一部の店舗を売り買いすることです。例えば、薬局のオーナーが大手チェーン店や独立希望の薬剤師さんに薬局を売ることをいいます。
報道で目にするM&Aには、会社を乗っ取る、敵対的なもののイメージが強いようです。しかし、非上場、中小零細企業ではほとんどの場合、株式に譲渡制限が付いているため、そもそも敵対的買収が成り立ちません。この場合、経営者がYesといわない限りM&Aは成立せず、友好的なM&Aしかないのです。
また、大企業間のM&Aでは従業員のリストラが問題となりますが、中小零細企業、特に薬局においては従業員こそが財産でありリストラも考えにくいものです。
M&Aの動機
M&Aの主な動機について、売り手・買い手それぞれの立場から見てみましょう。
売り手の動機は、将来性に関する不安(経営者ご自身の年齢、市場環境、薬剤師不足など)、大手の傘下に入るメリットを重視、売却代金の獲得などが考えられます。一方、買い手の動機は、事業拡大または独立開業などでしょう。
特に中小零細企業においては、経営者の高齢化が社会問題となっており、事業承継の手段としてM&Aが注目されています。
事業継承におけるM&Aの位置づけ
売り手の関心事である事業承継において、M&Aはどのような位置づけとなるのでしょうか。売り手である経営者がご勇退を考えたとき、主に3つの方針を検討されると思われます。1つ目は後継者への事業承継、2つ目は第三者への事業承継(M&A)、3つ目は廃業です。薬局に価値があることを考えると、廃業ということは考えにくいでしょう。
後継者か第三者への事業承継について考えたとき、第三者への事業譲渡がいわゆるM&Aということになります。
後継者への事業継承
M&Aの前にまず、後継者への事業承継をシミュレーションしてみましょう。子どもへの事業承継については相続の場面で行われることが多く、また、何も手を打たずに経営者が亡くなってしまった場合、相続の問題は避けられません。
具体例として、相続財産が評価5000万円の自社株式とその他の財産5000万円、あわせて1億円、相続人が後継者である子ども1人の場合、相続税はどのくらいになるでしょうか。各種控除や特例を考えない場合、相続税は1220万円となります。
{1億円-基礎控除(3000万円+600万円×1人)}×税率30%-控除額700万円=1220万円
相続人への負担は大きく、株価引き下げの検討や納税資金の準備が必要です。また、相続人が多数の場合は株式の集約が難しくなり、経営に悪影響が出てくる可能性もあります。
第三者への事業継承(M&A)
M&Aとは、薬局そのもの、あるいは一部の店舗を売り買いすることと説明しましたが、その方法には、主に株式譲渡と事業譲渡があります。
株式譲渡は、株式を第三者に売却して経営権(支配権)を承継させる方法です。一方、事業譲渡は、一部の店舗や営業権(のれん)のみを売買する方法です。次回後編では、この2つの方法に関わる税金を中心に詳しく見ていきましょう。
まとめ(前編)
●中小企業では友好的なM&Aがほとんど
●後継者への事業承継は納税資金の準備など対策が必要
●M&Aは事業承継の方法のひとつ
●薬局M&Aでは、株式譲渡と事業譲渡が多い
赤堀直樹税理士事務所 税理士
所属
近畿税理士会 日本ファイナンシャル・プランナーズ協会 TKC全国会 社会福祉法人経営研究会
経歴
法律事務所にて5年間、会計事務所にて10年間勤務を経て独立開業。経済産業大臣認定の経営革新等支援機関として、中小企業に対して専門性の高い支援を実施。孤独になりがちな経営者のベストパートナーを心がけて経営改善の支援を行う。