前回の復習
前回、M&Aとは、第三者への事業承継であり、主に株式譲渡と事業譲渡の2つの方法があるというお話をしました。そして、株式譲渡は、株式を第三者に売却して経営権(支配権)を承継させる方法で、事業譲渡は、一部の店舗や営業権(のれん)のみを売買する方法ということでした。なお、今回の連載も法人の調剤薬局を前提としています。文中の薬局はすべて法人とお考え下さい。
株式譲渡と事業譲渡の違い
株式譲渡と事業譲渡の違いは、契約の当事者と譲渡の範囲にあります。契約の当事者から違いを見ると、株式譲渡の売り手は薬局のオーナーであり、事業譲渡の売り手は法人である薬局です。
譲渡の範囲から違いを見ると、株式譲渡では、全てが譲渡の対象となりますが、事業譲渡では、営業権を中心に譲渡の範囲を自由に決められます。
つまり、株式譲渡では、株主が変わるだけであり、薬局の権利義務はすべて引き継がれます。営業権だけでなく、資産負債すべてが譲渡の対象となります。一般的に、資産としては、店舗造作・機械・器具備品・医薬品などの在庫、負債としては、借入金やリース債務などがあり、買い手にとって不必要なものもすべて引き継がれます。さらには、簿外債務(決算書に載っていない債務)を引き継ぐリスクがあるため、買い手にとっては注意が必要です。
このように、譲渡の範囲を考えた場合、薬局M&Aにおいては事業譲渡を選択されることが多いと思われます。ただし、買い手としては、薬局開設許可の新規申請手続き、取引契約や賃貸借契約・雇用契約といった各種契約を結びなおす手間を、売り手としては、廃業手続き(解散・清算)の手間を考えて、株式譲渡を選択することもあるでしょう。
税金の取り扱い(具体例)
ここから、M&Aに関する税金を見ていきます。イメージを持ちやすくするために、決算書のデータとして、資産1億円、負債5000万円のA薬局を対象会社として考えていきましょう。資本金は1000万円とします。
この薬局を薬剤師さん(新規独立開業)に譲渡するケースを想定します。なお、株式譲渡と事業譲渡では前述のとおり譲渡の範囲が違いますので、売却価格が同じということは考えにくいのですが、あえて売却価格を5000万円、M&A仲介手数料を1000万円で統一して説明いたします。
株式譲渡と税金
売り手である薬局のオーナーが、買い手である薬剤師さんに、株式を5000万円で譲渡した場合、税金はどのようになるのでしょうか。
この場合、課税関係が発生するのは売り手の株主だけで、買い手には課税関係はありません。株主が変わるだけで、資産1億円、負債5000万円のA薬局はそのまま継続します。
売り手の株主には、譲渡益に対して一律20.315%で課税されます(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)。なお、他の所得と合算しない分離課税であり、消費税等は課税されません。
先の例では、売却価格5000万円に対して、税額は609万円、手取りは3391万円ということになります。
- 売却価格5000万円-(取得費1000万円+売却手数料1000万円)=譲渡益3000万円
※株式の取得費を資本金1000万円としています。 - 譲渡益3000万円×20.315%=譲渡所得税額609万円
売却価格5000万円-売却手数料1000万円-税額609万円=手取り3391万円
事業譲渡と税金
売り手である薬局が、買い手である薬剤師さんに、薬局の営業権(のれん)のみを5000万円で譲渡した場合、税金はどのようになるのでしょうか。
この場合、売り手である薬局は、法人税の対象となり他の損益と合算して課税されます。また、事業譲渡においては対価に対して消費税等が課税されます。
仮に、営業権の譲渡益以外の損益が無かった場合、法人税等の税率を35%と単純化して計算すると、1296万円が税額となります。さらに消費税等の296万円を差引き、薬局の手取りとしては、2408万円となります。ただ、通常は、後述の役員退職慰労金の支払いにより利益は相当圧縮することができると思われます。
一方、買い手である薬剤師さんは、取得した営業権を使って新たに薬局を経営していくことになりますが、この営業権は償却の対象となり、5年間をかけて費用化できますので、その分税金も抑えられます。
- 売却価格5000万円-売却手数料1000万円=譲渡益4000万円
- 事業譲渡に関する消費税等:4000万円×8/108=296万円
- 法人税等:{(譲渡益4000万円-消費税等296万円)-法人の他の損益0}×法人税実効税率35%=1296万円
- 譲渡益4000万円-(法人税等1296万円+消費税等296万円)=手取り2408万円
退職金の支払いによる節税
M&Aによる譲渡益が大きくなると、税額も高額となり手取り額に影響します。そこで、役員退職慰労金を支払うことで手取り額を増やす方法が考えられます。
退職金の受け取りに関しては、所得税の税額計算上優遇されていますし、退職金の支払いは法人の費用となるため法人税等の負担も減ります。今回は詳しく説明はできませんが、M&Aの契約において売却代金から退職金で受け取る分を差し引くことで、優遇された税額分の手取りを増やす方法があると覚えておいてください。
まとめ
2回の連載にお付き合いくださりありがとうございました。
最後に、株式譲渡と事業譲渡に関する税金を表にまとめました。薬局の譲渡を考えられているオーナーの皆様、薬局の買い取りにより独立開業を有利に進めようと考えられている薬剤師の皆様のお役に立てる情報であればうれしく思います。
M&Aに関する税金(まとめ)
M&Aの方法 | 売り手 | 買い手 | 消費税等 | 印紙税 |
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株式譲渡 | 売り手=オーナーは、株式の譲渡益に対して一律20.315%(所得税・住民税・復興特別所得税)で課税される | 課税関係なし | 課税されない | 株式譲渡契約書は不課税文書(但し、金銭の受取の文言が含まれた場合には課税文書となり、印紙税は1通につき200円) |
事業譲渡 | 売り手=オーナーは、株式の譲渡益に対して一律20.315%(所得税・住民税・復興特別所得税)で課税される | 営業権(のれん)は5年で償却できる | 課税される | 事業譲渡契約書は課税文書(第1号文書 ※今回の事例、契約金額5000万円に対する印紙税は1通につき2万円) |
赤堀直樹税理士事務所 税理士
所属
近畿税理士会 日本ファイナンシャル・プランナーズ協会 TKC全国会 社会福祉法人経営研究会
経歴
法律事務所にて5年間、会計事務所にて10年間勤務を経て独立開業。経済産業大臣認定の経営革新等支援機関として、中小企業に対して専門性の高い支援を実施。孤独になりがちな経営者のベストパートナーを心がけて経営改善の支援を行う。