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栄養学 第5回 薬剤師が知っておくべき食事と栄養の話

栄養学 連載新宿溝口クリニック院長 溝口徹(医師・寄稿)

この連載では、“食と栄養”が人の健康に密接に関わっていることと、“食と栄養”の正しい実践が多くの病態を改善させること、そして、身体に吸収された栄養素がどのように作用して病気の改善に役立っているのかについて、例を挙げながら説明していきたいと考えています。

古くて新しいビタミンBの可能性

ビタミンB群は、私たちのエネルギー源であるATP産生の場であるTCAサイクルを回すために必須の栄養素です。テレビのCMなどで“肉体疲労時の栄養補給”という目的のビタミン剤やドリンク剤には、ビタミンB群が必ず含まれています。

3大栄養素である糖質、脂質、タンパク質からATPが作られるTCA回路に関係するビタミンB群を見てみると、多くのビタミンBが協調していることがわかります。つまり、糖質摂取過多によりビタミンB1が不足すると、TCAサイクル全体が上手く回らなくなります。
食事を変更し、サプリメントを至適量補充することによって病態を改善させるオーソモレキュラー栄養療法を実践していると、ビタミンB群ほど必要量の個人差が大きい栄養素はないのではないかと感じています。とにかく食事内容やストレスによって、必要量が大きく異なる栄養素です。
飲酒によってビタミンB1が不足しウエルニッケ脳症という脳のトラブルが生じることが知られていますし、ビタミンB1の欠乏症である脚気でも、うつ症状などの精神症状が起こります。またビタミンB3と呼ばれていたナイアシンの欠乏症であるペラグラでは、統合失調症で見られるような幻覚や妄想などの症状が起こります。つまりビタミンB群は脳の機能に深く関係しているのです。

脳の機能は、心や感情のコントロールにも深く関係すると考えられています。一般的には、脳内神経伝達物質のバランスによって私たちの感情の一部がコントロールされていることが前提で、SSRIやSNRIなどの薬剤が作られています。全体のバランスを見ると興奮系には、多くの神経伝達物質が準備され、抑制系はGABAが担っています。不足することで抑うつ症状が生じることで知られているセロトニンは、興奮と抑制のバランスを保つ作用と理解されています。
これらの神経伝達物質は脳内だけでなく、腸管や全身にも存在し作用していますが、脳内の神経伝達物質は基本的にタンパク質が材料であり、アミノ酸として血液脳関門を通過し、神経細胞内で生合成されます。

それぞれの神経伝達物質の合成過程には特有の酵素が関与しているのですが、それらの酵素のほとんどは、補酵素としてビタミンB群を必要としています。特にナイアシンとビタミンB6は、GABA系、ノルアドレナリン系、セロトニン系のすべての経路で必要です。

薬剤による治療と異なり、オーソモレキュラー栄養療法では、全体のバランスを重視します。つまり、セロトニンが不足し抑うつ状態になっている患者さんであっても、GABAの不足により不安障害になっている患者さんであっても、基本的にはすべての神経伝達物質の全体のバランスを整えることを重要視します。適切な食事指導とサプリメントによるビタミンB群をはじめとする栄養素の補充により、脳内での生合成のバランスが整うことによって、集中すべきときに集中することが可能となり、リラックスすべきときにリラックスが可能になります。また、自然の睡眠リズムが戻り、睡眠薬を含めた多くの精神科処方薬を減薬したり、断薬したりすることが可能になるのです。

十分量の補充と生活習慣の見直しを

50歳代の女性の患者さんです。もともと社交的で友人も多く、外出が大好きでした。ところが、好きだった友人との買い物やパーティーなどに一切の興味が消え、家にいることが多くなりました。心配した家族の紹介である心療内科を受診し、そこではうつ病の診断となり投薬治療が始まりました。様々な薬剤を試した結果、日常生活レベルは可能になるものの、疲労感が強く外出が困難な状況は継続されていました。1年ほど経過したときオーソモレキュラー栄養療法のことを知り、当クリニックを受診してくれました。

●初診時の処方内容

パキシル 20mg 1錠 夕食後
レスリン 50mg 1錠
アモキサン 25mg 2カプセル 分2
レンドルミン 1錠 就寝前

オーソモレキュラー栄養療法的な血液検査を行ったところ、重篤なビタミンB群とナイアシンの不足を読み取ることができたため、ビタミンB群とナイアシンのサプリメントを中心に、薬剤とともに併用していただきました。
5カ月後の受診時には表情が明るくなり、家事も問題なく行えるようになっていました。友達との外出やショッピングも楽しめるようになり、主治医と相談しながら徐々に減薬が進み、不眠時のレンドルミン頓服だけになっていました。
その時の検査データからは、タンパク質代謝の改善とともに、重度であったビタミンB群やナイアシンの不足が補正されていることが確認されました。
1年経過した現在では、お孫さんが住むアメリカへ一人で訪れることも可能になり、初診時のことを振り返ると、信じられないぐらい元気に過ごしていると話されています。
ビタミンB群の必要量は個人差が大きく、生活習慣によっても消費量が大きく左右します。一般的なマルチビタミンに含まれるビタミンB群の量では、不足したビタミンB群を補うには不十分であり、マルチビタミンに含まれるビタミンB群の含有量は、再考することが必要であると考えています。
脚気などの欠乏症を起こさなければ十分であると考えられ、高用量服用することによって、水溶性であるため安全だが高価な尿を作るだけだと言われているビタミンB群ですが、従来考えられていたよりも、はるかに潜在性の欠乏状態が多いことが知られるようになりました。その原因は、糖質過多とストレス過多です。いわば現代は、再び起こったビタミンB群欠乏の危機であると思います。サプリメントでビタミンB群を十分量補充しても、調子がよいからといって糖質中心の食習慣を継続し、ストレスマネージメントを怠ることは避けなければなりません。食事とストレスを含めた生活習慣の見直しは、多くの精神疾患へのオーソモレキュラー栄養療法の効果を得るためには基本的なアプローチになります。

薬局で安定剤などをもらうとき、食事や生活習慣の見直しを指導され、将来的な減薬の可能性などについて、専門家である薬剤師さんから提供されることは、患者さんにとって大きな影響があるものと思います。正しい知識に基づき、患者さんの栄養サポートをしていただけたらと思います。

溝口 徹氏(医師)プロフィール
溝口 徹氏 著書

プロフィール

新宿溝口クリニック院長。一般社団法人オーソモレキュラー.jp代表理事。2000年より慢性疾患の治療にオーソモレキュラー療法(栄養療法)を導入。2003年に栄養療法専門の新宿溝口クリニックを開設するとともに、栄養療法の基礎と理論を医師、歯科医師へ学会やセミナーを通して伝え始める。2014年より、薬剤師、看護師、管理栄養士など医療系国家資格所有者を対象とした栄養療法の基礎と理論について講義を行う「ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)養成講座」を開始。

オーソモレキュラー.jp

http://www.orthomolecular.jp/

著書

「この食事で自律神経は整う」(フォレスト出版)
「血糖と腸を同時に整える食事」で健康になる。不安・イライラ・頭痛・疲れやすい・自律神経失調症・糖尿病・肥満・うつに効く!オーソモレキュラー栄養療法の専門医が教える、自律神経が整う新健康法!