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栄養学 第7回 薬剤師が知っておくべき食事と栄養の話

栄養学 連載新宿溝口クリニック院長 溝口徹(医師・寄稿)

この連載では、“食と栄養”が人の健康に密接に関わっていることと、“食と栄養”の正しい実践が多くの病態を改善させること、そして、身体に吸収された栄養素がどのように作用して病気の改善に役立っているのかについて、例を挙げながら説明していきたいと考えています。

ビタミンDのあらゆる作用

前回では脂溶性ビタミンの処方可能なものと、天然物との違いについて触れました。ビタミンDも同様に脂溶性ビタミンの一種ですが、処方で使える製剤と、天然物や一般的なサプリメントで用いるビタミンDには違いがあります。
ビタミンDは古くからカルシウム代謝に関係し、骨を丈夫にするビタミンとして認識されています。そのため処方可能なビタミンD製剤は、骨粗しょう症などに適応があり、整形外科領域でよく利用されています。ところがオーソモレキュラー栄養医学の分野では、ビタミンDは骨代謝の改善だけでなく、免疫や脳機能の調整などでも注目されるようになりました。どのような経緯でビタミンDが再評価されるようになったのか、その経緯を見ながらビタミンDの働きについてお伝えしたいと思います。

これまで北米では、白人に比較して黒人のほうが結核に罹患しやすく、黒人の結核患者は白人に比較して重症化しやすいことなどが知られていました。その理由として、白人と比較して黒人の生活水準が低く、免疫力が低下しているためと考察されていました。ところが、日光浴をすると免疫力が向上したり、くる病の治療でビタミンDを投与すると、くる病患者の易感染性、貧血、好中球貪食能の低下などが改善したりすることなどから、緯度の高い北米では黒人のビタミンD濃度が低下するために、免疫力が下がっているのでは? と考えられるようになり、ビタミンDと免疫についての研究が進むようになったのです。

2008年にはアフリカ系アメリカ人女性を対象に臨床研究が行われました。(Virology Journal 2008, 5: 29 John Cannell,et al)
ビタミンD投与群(104名)には1日800IUのビタミンD3が投与され、プラセボ群(104名)には効果のない偽薬が投与されました。これら二つのグループで風邪の罹患率を2年間にわたり観察しました。すると、プラセボ群は冬になると風邪を引く人が増え、夏には少なくなるという一般的な季節性変動が認められました。ビタミンD3群では、風邪の諸症状を訴える率が従来の1/3へと減少し、さらに冬に風邪を引きやすいという季節性の変動がなくなりました。そして最後の1年間は、ビタミンD3群には1日2000IUのビタミンD3を投与したところ、風邪の症状を訴える報告がなくなってしまったのです。(図1)

(図1)

血液中のビタミンD(25‐OH‐VD)濃度には、季節性の変動があることが知られています。(Am J Clin Nutr 2007, 85: 860) (図2)
当然と言えるかもしれませんが、血液中のビタミンD濃度には、これほどまでに明確な季節性変動があります。これは北半球の結果ですが、1.3月に日照時間が短かった影響が強く出るのです。風邪やインフルエンザが秋から冬にかけて多いのは、乾燥や寒さが原因と思われがちですが、もしかするとビタミンDの不足が原因なのかもしれません。
このような研究は、北米だけでなく日本でも行われています。2008年12月.2009年3月の期間に12施設で行われた共同研究です。(Am J Clin Nutr 2010 May;91(5):1255-60)117名には1日ビタミンD1200IUを投与し、残りの117名には偽薬が投与されました。この期間におけるインフルエンザの発症率は、ビタミンD群のほうが42%低い結果でした。

(図2)

インフルエンザのワクチン不足が毎年のように話題になります。そして実際の臨床では、ワクチンを注射してもインフルエンザに多くの方が罹患されます。ワクチンを打つと症状が軽く済むという都市伝説のようなこともありますが、予想が外れれば全く効果は期待できません。それに引き替え、ビタミンDが抑制するのはインフルエンザだけではありません。最初に紹介した臨床研究は、原因となるウイルスや細菌に関わらず、風邪症状として評価しています。つまり、ウイルスだけでなく細菌にも効果があるのです。この効果は上気道の感染だけでなく、冬場に増悪するアトピー性皮膚炎にも関係している可能性があります。

アトピー性皮膚炎患者の皮膚ではカテリシジンという抗菌タンパクの一種が欠乏していることが知られています。この抗菌タンパクは、ビタミンDによって発現が誘導されます。つまり、冬場の日照時間が短い期間では、通常でも低下している抗菌タンパクが不足し、皮膚の常在菌による皮膚への影響が強く出るため、冬場にアトピーが増悪するという考察です。そして、実際に2.17歳のアトピー性皮膚炎の患者にビタミンDを補充することで、症状の改善が得られました。(Journal of Allergy and Clinical Immunology, 831.835. October 2014)

このように、従来はカルシウム代謝に関係し、骨を丈夫にするビタミンと理解されていたビタミンDは、人の免疫に深く関わることがわかってきました。免疫は感染予防だけでなく発がんにも深く関わります。日本人を対象にした大規模な研究では、3万8000名の11.5年にわたる追跡調査で、ビタミンDの血中濃度が低くなることによって、男性で4.6倍、女性で2.7倍の大腸がんの発生率が上がることが報告されました。(Br J Cancer, 97: 446-451, 2007)
ビタミンDとがんの関係は大腸がんだけでなく、乳がん、直腸がんなど、多くのがんと関係することが知られています。そして、健康な人でも、ビタミンD濃度が低くなると総死亡率が1.26倍上昇するのです。( Arch Intern Med. 11 168, 1629-1637, 2008)

日本人はビタミンD不足?

ここまで述べてきたビタミンDの血中濃度は、25‐OH‐VDの濃度のことを示しています。処方箋で扱うビタミンD製剤である『アルファロール』や『ロカルトロール』などは、いずれも1位が水酸化されているものであり、強い活性を有しています。そのため副作用として高カルシウム血症が知られており、濃度も20.60pg/mLが基準値であり、とても低濃度で厳密にコントロールされています。一方、活性型でない前駆体としての25‐OH‐VDの場合には、血中濃度の基準値は検査会社によって異なりますが、およそ5.5.41ng/mLであり、pg/mLと比べ1000倍の高濃度で存在しています。一般的にはビタミンの血中濃度で体内の充足度を知ることはできないのですが、ビタミンDについては、25‐OH‐VDの血中濃度がおよその充足度を示すことが知られています。

次に、どの程度の25‐OH‐VDの血中濃度が、ビタミンDが充足している状態を意味しているのでしょうか?日本の検査会社では、基準値は先ほど示したとおり5.5.41ng/mLです。人間は本来それぞれの緯度で裸に近い状態で生活していましたが、文明の発達によって服を着るようになり、食生活も大きく変化してきたのです。そのためビタミンDの理想的な血中濃度については、2015年に、代替療法の権威ある学会ACAM(アメリカ)において、50.80ng/mLと示されました。つまり、日本の検査会社の基準上限が41ng/mLであることを考慮すると、この理想値と比較すると、日本人の90%以上が不足しているという驚くべき事実なのです。
オーソモレキュラー栄養医学では、花粉症の治療でビタミンDの補充は中心的なアプローチです。多くの日本人が花粉症で悩まされていることを考えると、十分量のビタミンD補充は、多くの患者さんへの貢献になるであろうと思うのです。

溝口 徹氏(医師)プロフィール
溝口 徹氏

プロフィール

新宿溝口クリニック院長。一般社団法人オーソモレキュラー.jp代表理事。2000年より慢性疾患の治療にオーソモレキュラー療法(栄養療法)を導入。2003年に栄養療法専門の新宿溝口クリニックを開設するとともに、栄養療法の基礎と理論を医師、歯科医師へ学会やセミナーを通して伝え始める。2014年より、薬剤師、看護師、管理栄養士など医療系国家資格所有者を対象とした栄養療法の基礎と理論について講義を行う「ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)養成講座」を開始。

オーソモレキュラー.jp

http://www.orthomolecular.jp/