全3回:自分の素質や強みを活かした漢方の実践を考えてみませんか?
最近薬剤師さんから「漢方の勉強がしたいけど、何から勉強したら良いのか分からない」、「漢方が実践できる職場で働きたい」という声をよく聞きます。
そこで我が国においてわかりにくく、ちょっと敷居が高く感じる漢方の実践に向けて初心者の方へのご提案です。
株式会社回生薬局 代表取締役
平野 智也先生
薬剤師。九州中医薬研究会・ソーシャルユニバーシティ理事。STR素質適応理論マスター。香港:(行動生態運命学)Oriental Life Counselor。二代目として回生薬局に入社後、調剤業務、漢方相談業務などを経て、シンガポール、台湾、中国、香港などの東洋医学系大学や、企業視察研修などへ赴く。その経験と情報を活かし、各地で講演活動、大学の非常勤講師等を通じて東洋医学の普及活動を行う。「東洋医学を学び学ぶ場をつくり多くの人が東洋医学でニコニコになっていただくこと」をライフワークに、未病の改善をコンセプトにした漢方未病ラボ薬局を開設し、薬局の新しい東洋医学提案の形を試行錯誤しながら構築中。
その1
迷い多き私の漢方の道のり
民間薬など身近な薬草を日常に活かす田舎で育ったことで、薬剤師になったら薬草の専門家、漢方の実践者になりたいと思っていました。恥ずかしながら薬学部を卒業したら自然にそうなるのだと思っていましたが、卒業しても漢方がよくわからない(もちろん自分の勉強不足が一番の原因ではありますが…)。学ぼうにも誰に何を学べば良いか? 迷いの連続でした。とにかく良いと聞いたら手当たり次第に学び始めたのですが、同じ症状に対して、日本漢方の師には「温める方剤を」、中医師の師には「冷やす方剤を」と違う対処の教えがあったり、処方の組み立てが違っていたりと、学ぶ所で違いがありました。実践しながらもこの疑問は続きました。
私たちの会社に入社いただいた方の中にも、「私の思っていた漢方と違う」と辞めてしまう方もいらっしゃいます。会社の方向性を合わせたい、でもなかなか上手くいかない。ずっとそれが何故かわからなかったのですが、東洋医学が盛んな国々に行くようになってから、一言に東洋医学・漢方と言っても様々な違いがあるのだということを知りました。私はそれまで、漢方という学問は東洋医学として統一された学問体系だと認識していて、他国の内容や現状を知らなかったのです。
日本の薬学部で東洋医学系の授業がある大学でも、講師が日本漢方の先生であったり中医学の先生であったりします。当然卒業生のその後は様々になるわけです。今になって思うのは、その違いを認識して選択肢を広げることがとても大切であること、違いを認識することで逆に共通する原理原則が見えてくるのだと実感しています。ちなみに今当社では東洋医学の実践者その人その人が学んできた東洋医学を尊重し活かす形で、徐々に社内でお互いに良いところをシェアしていく考え方にシフトを図っています。
日本漢方と中医学の違い
ここでは良い悪いの話ではなく“違い”に着目していきます。日本における漢方は古来大陸から伝わって以来、原典や古典、伝統を大切にしている特長があります。一方中国の中医学は伝統医学に基づくのは勿論、政変などをきっかけに再構築された経緯があり、教育も体系的で、イノベーティブな特長があると私は捉えています。中国では西洋医学と東洋医学は大学も免許も別個になっており、選択ができます。しかし、日本の医学・薬学は西洋医学が基本で、資格は一種類ですので、特に新社会人の薬剤師さんは、まずはしっかり西洋医学の仕事を身に着けることが大切だと私は考えています。現在の我が国の東洋医学の実践者の方々は卒業後に仕事をしながら自分の時間を使い自己投資をして学び実践してきた人が殆どなのです。
さらに処方される方剤についても、日本では古典に基づいた処方が汎用されるのに対し、中国の、特に東洋医学の大学病院などではオリジナルの処方が多く日本漢方よりもかなり多い量で処方される傾向があります。また、日本では エキス顆粒が主流ですが、中国では 煎じ液、刻み生薬、丸剤、膏剤と、様々な剤形で処方されます。さらに日本では漢方処方を継続してゆっくり改善していくイメージがありますが、中国では即効性の対処をする方剤も多く使われています。しかしながら最近は色々な流派の良いところ取りをする考え方が出てきており、中国にも日本漢方のような伝統処方をされる中医師がいらっしゃいますし、日本にも中医学的な処方をされる先生がいらっしゃいます。学問との出会いも一種のご縁だと思います。初心のうちは選り好みをしたり迷ったりせず、まずはご縁のある出会った流派から学び始めるやり方で良いと私は思っています。
調剤薬局で働く薬剤師さんへの漢方実践アドバイス[その1]
“漢方の実践”と言うと、とてもアイデンティティが高く独立した仕事のイメージを持つ方が多いのですが、漢方相談薬局の専門家などの域に達するには多大な勉強と実践の経験を要します。“処方せん調剤薬局勤務なので漢方ができません”と言う方も多いのですが、私は調剤薬局だからこそ初心者の方が入りやすい実践の形があると考えています。今回の記事では、「東洋医学は流派や国によって違いがあることを認識すること」、「まずは我が国の薬学教育の基本である西洋医学を身に着けること」、「様々な東洋医学の流派との出会いもご縁であること」を書きました。これらを踏まえて、調剤薬局で働く漢方初心者の薬剤師さんは処方せんを応需している医師に話しかけてみることが、漢方の実践への早道の一つだと考えています。
今は漢方を処方される医師も増えてきました。その医師がどの流派の東洋医学を学び、どのような考え方で処方されているのかを尋ね、その流派について学ぶことからスタートするわけです。勉強会や学会などに同行するなどして医師との関係性を良好にし、考え方をあわせることがポイントです。処方医の東洋医学の考え方が分かれば、それに沿って患者さんにアドバイスができるようになります。患者さんに喜ばれる経験を徐々に積み重ねてから、様々な流派を学んでいけば、やがて自分のやりたい東洋医学提案が固まってきます。
そこから自分の東洋医学を表現していくわけです。漢方の実践に向けて、まず処方医に話しかけることから始めてみてはいかがでしょうか? とにかく、今、目の前にある環境を活かした小さな行動で道は開いていきます。大きな山は小さく崩していきましょう。応援しています。
1)東洋医学・漢方:本稿では“漢方”を日本のもの、“東洋医学”をそれ以外の広義の伝統医学という区別のために使っています。
2)西洋医学:本稿では主に欧米文化圏において自然科学をベースにした学問体系を西洋医学、主にアジア文化圏において自然哲学をベースにした学問体系を東洋医学と表現分けをしています。
3)・エキス顆粒:生薬を煮出して抽出したあと、顆粒や粉末に加工した内服剤形。
・煎じ薬:生薬を煮出した液体の内服剤形。
・刻み生薬:原料生薬をそのまま刻んだ内服剤形。
・丸剤:原料生薬にはちみつなどのツナギを入れて丸めた内服剤形。
・膏剤:原料生薬の濃い煎じ液に水飴などを混ぜて練った状態の内服剤形。
次回は東洋医学の大事な哲学「陰陽理論」を利用して、東洋医学の実践のために自分の価値観や素質を整理し持ち味を活かすための『陰陽四象限分類』についてお話します。