東北医科薬科大学 薬学部 臨床薬剤学教室
鈴木 裕之(スズキ ヒロユキ)助教
助教、博士(薬学)、宮城県仙台市出身
●マイブーム:野球・音楽 ●子供のころの夢:薬剤師・学校の先生 ●好きなアーティスト:THE ALFEE ●薬剤師へのおすすめ書籍:ホスピタリストのための内科診療フローチャート―専門的対応が求められる疾患の診療の流れとエビデンス― ●担当授業:臨床薬学演習Ⅱ、実務模擬実習、実験実習Ⅸ、処方解析Ⅰ~Ⅳ、処方実務演習Ⅰ、実務実習Ⅰ、実務実習Ⅱ
全国の薬学部における最新の研究を紹介する「研究室訪問記」。卒業して何年も経つと研究という言葉すらノスタルジー?日常業務に追われ、研究マインドを忘れてしまったそこの薬剤師さん!思い出してください薬剤師綱領を。「薬剤師はその業務が人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学、医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。」とあるではないですか。そう、絶えず最新の研究をトレースし続けなければならないのです。
「そんな暇はない」と嘆くあなたのために、薬剤師業務にかかわりの深い研究を行っている研究室をファーネットマガジンが取材して、最新の研究をご紹介しちゃいます。これを読んで、再び研究マインドに火をともしましょう。
株式会社ツールポックス、城西国際大学薬学部 富澤 崇/取材
当教室は、中村仁教授、村井ユリ子教授、八木朋美助手、社会人大学院生1名、6年生13名、5年生13名からなります。私は、2005年に東北薬科大学を卒業し、修士課程・博士課程へと進学しました。
その後東北大学病院薬剤部に入職し、主に薬学部5年次実務実習、東北大薬学部学生の研究指導をしていました。そして2015年から現職に就いています。
当教室では、医療施設と連携し、医療現場で発生するクリニカルクエッション(臨床的疑問)を大学の研究機能を使うことによって解明することを使命としています。製剤の安定性試験や抗悪性腫瘍薬(チロシンキナーゼ阻害剤)の血中濃度測定といった研究を行っています。
- ●癌化学療法に伴う副作用発現リスク要因の分析
- ●抗菌薬の使用動向と薬剤耐性菌出現との関連に関する調査研究
- ●ジェネリック医薬品の有用性(有効性・安全性)評価
- ●医薬品による臨床検査値妨害情報の評価
- ●製剤の安定性試験
(当研究室がこれまでに行ってきた研究の一部)
現場の薬剤師からの持ち込みネタが研究テーマになりました
「入院患者さんの持参薬をチェックしたら散剤が変色していた。」という現場の薬剤師からの問題提起でこの研究が始まりました。調剤用パンビタン®末は、ビタミンA、B1、B2、B6、B12、C、D2、E、パントテン酸カルシウム, ニコチン酸アミド及び葉酸を含む総合ビタミン剤であり、半世紀以上も使われている薬剤です。ペメトレキセドナトリウム水和物による悪性胸膜の治療において、副作用軽減のために葉酸を併用しますが、その際に調剤用パンビタン®末が使われます。1ヶ月ぐらい服用するのですが、その間の自宅での保存状態が問題になります。ご存知のようにビタミン類は光に弱いため、おそらくこの患者さんの持参薬は適切に保管されていなかったのかもしれません。
インタビューフォームにも「室温保存、開封後も遮光し、湿気を避けて保存すること」と書かれています。光や湿気によって分解・変化することは知られていますが、どのような状況下で、どの程度の安定性が確保されるかというデータはありません。保存状態が悪く、形態変化したり、葉酸の力価が低下したりすれば、治療に悪影響を与えてしまいます。
そこで、分包した調剤用パンビタン®末を異なる保管条件にて、その外観変化と製剤中の葉酸含量を測定しました。その結果、高湿度や光に曝露された状態では、4~8日程度で葉酸の含有量が90%以下に低下することがわかりました(医療薬学Vol.44, No.10, p.503-509,2018)。
パンビタン®末は必ずチャック付き遮光袋と吸湿剤を
また、分包紙の種類を変えて同様の実験を行いました。分包紙にはセロハン+ポリエチレン(セロポリ) とグラシン紙が多く用いられています。セロポリよりも透湿度が高いグラシン紙では、より葉酸含有量が低下するのではないかとの仮説通りの結果が出ました。グラシン紙で分包したもののほうが、セロポリよりも短い保存期間で外観変化、においの変化、葉酸含有量の有意な低下が観察されました。
いずれにしても投薬の際には、チャック付きの遮光袋に吸湿剤とともに保管するよう患者さんへの厳格な指導が必要です。
各種保管条件下における調剤用パンビタン®末中の葉酸含有量の変化
(A)通常交付条件:室温、相対湿度50%、遮光
(B)高湿度条件:25℃、相対湿度91%、遮光
(C)光曝露条件: 室温、相対湿度50%、5,000 lux, 0.56 W/m2
医療薬学Vol.44, No.10, p.506 図3 改編
製剤の弱点を調剤の工夫と患者指導で補う
ビタミン剤のように薬価が安く、古くから使われている薬を製薬メーカーが吸湿性の改善のためにコーティング加工したり、剤形を変更したりすることを望むのは酷でしょう。したがって、調剤の仕方や患者さんへの指導によって、製剤の弱点を補う必要があります。
そのためにも、このような研究を通じて、科学的な根拠を示すとともに、現場への注意喚起をしていくことが必要であり、それこそが私のような臨床系教員の役割ではないかと考えています。
卒論生にも聞いちゃいました!
ヒューマリン®RとヘパリンNaの配合変化
ヒューマリンもヘパリンも臨床現場でよく使われる薬剤ですが、実は配合変化に関する詳細なデータがないために、混合することは推奨されていません。文献上では、25℃、2時間までは物理的に安定という報告がありますが、臨床現場では24時間持続点滴で使用されることもあるため、2時間以上のデータが必要です。そこで、私は両者の経時的な配合変化を確認するために、生理食塩液に両者を混合し、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)で分析しました。常温では、24時間までは外観変化もなく、ヒューマリンもヘパリンも残存率の有意な低下は観察されませんでした。臨床経験的に問題なさそうだとの見解はありましたが、問題ないことをしっかり証明し、経験則ではなく根拠に基づいた薬物療法を行わなければなりません。もちろんこのデータだけで「24時間までは問題ありません」と言い切れるものではありませんが、このような分析を通じて、臨床経験の裏付けをしていくことは非常に重要であると感じました。
ニコペリック®腹膜透析液へのキュビシン®混注時における安定性の検討
腹膜透析患者におけるカテーテル挿入部位からの感染に対して、腹膜透析液に抗菌薬を混注して投与することがあります。腹膜透析液は、在宅で使用するため、抗菌薬を混注してから室温で数日保管されます。また、使用前に加温器を使って体温程度に加温するため、単なる配合変化のみならず、時間と温度による影響が懸念されます。ニコペリックとMRSA感染症治療薬であるダプトマイシンの混注後の安定性について調べてみたところ、ダプトマイシンの残存率は、37℃加温時では加温後9時間から有意に低下し、約24時間で90%を下回り、室温では約6日弱で90%を下回りました。したがって、混注後室温保存では、5日程度で使い切ること、加温は使用する4時間前に行い、加温後4~24時間以内に使用することが望ましいと考えられました。混注後の安定性や有効性のエビデンスを確保し、患者さんに正しく使用してもらうための指導が重要だと感じました。
後記
修士課程や博士課程の大学院生がいない今、大学の研究人材不足は深刻だ。加えて、教員の役割も増えて、とにかく忙しい。研究人材と時間の確保が課題と鈴木氏も語る。にもかかわらず氏は、学内では薬剤師のためのフィジカルアセスメント講習会や多職種連携教育に関わるうえに、「現場の薬剤師さんと接することができるのがうれしい」といって、県病薬の委員会、認定実務実習指導薬剤師養成WSのタスクフォースなど学外での活動にも積極的に関わっている。若さなのか、野球で鍛えたタフネスさなのか、お人よしなのか。いや、きっと本記事のタイトルが氏の純粋な想いとなって突き動かしているに違いない。