長澤 宏之氏
セコム医療システム株式会社 薬剤サービス部
これまでの薬剤師業務の変遷
30年ほど前の薬剤師の業務といえば、保険調剤薬局も病院の薬剤部門も、調剤室において、解読困難な手書き処方せんを解読し、早く・正確に調剤することをスキルとして磨いていました。すなわち、処方せんや医薬品という「物」を相手に技術者としての業務を行っていたわけです。それから5年ほどすると、インタビューフォームなどの「情報」が重要視され、「医薬品=薬剤+情報」という認識が高まり、患者への服薬説明を行うように保険点数が設置されるようになりました。これにより、調剤という技能に加え、情報やコミュニケーションといった知識や態度へ薬剤師の修得すべきスキルがシフトしてきたのです。 そして近年、調剤業務はオートメーション化され、散薬調剤、水薬調剤および一包化調剤もボタン一つで調剤され機械から出てくるようになりました。軟膏も機械で混ぜられます。抗がん剤の調製も注射筒や注射針の準備から、ボトルへの衛生的混合調製まで機械で行える時代となりました。
一方、毎年増加する日本の医療費に対して、政府は数値で明確となる医薬品に注視し、後発品の使用促進や多剤併用の防止策を診療報酬の中で推進しはじめています。電子データ化が進み、今まで分かり得なかった情報が明確になったことにより、このような対策ができるわけです。今後は医薬品の製造から患者様に投与されるまで(手渡しされるまで)、1 錠、1アンプル単位での出納管理が必要になってくると考えられます。これはコンビニエンスストアなど他の業界では当然のことなのですが、医療現場の医薬品に関しては、卸業者から納品されるまでは「商品」としてきっちりとした金銭売買がされていましたが、調剤段階での廃棄ロスや分割投与(半錠や1/2アンプルなど)および処方変更による薬剤廃棄などからか、投薬されるまでの行程でブラックボックス状態になっているところが多かったのです。
今後は他の一般的商品と同じように、医薬品もどこで製造され、どのように納品され、どのタイミングで使用されたか、すなわちトレーサビリティーが必須となってきます。この業務を薬剤師だけで行えるのでしょうか?
これからの薬局・薬剤師業務
少子高齢化社会という言葉が毎年繰り返し用いられていますが、これからがその本番です。2010年の国勢調査における人口12,806万人から一途減少局面を迎えています。2060年には9,000万人を割り込むことが予測されており、65歳以上の高齢者人口割合は2010年の23%から40%近い水準となることが推計されています。人口ピラミッドの変化を見ても、2060年には1人の高齢者を1.2人で支える社会構造になることが想定されています。[総務省「国勢調査」及び「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計):出生中位・死亡中位推計」より]このような想定の中、疾患を持つ患者割合は当然増え、医療機関で勤務する職員は減るため、医療職1人あたりが担当する患者数も増えることになることが想像されます。薬剤師もその医療職の一躍であり、前述のように正確性や薬物治療の質を向上させるためには、コンピュータやシステムの利用、更に薬剤師以外の職員との業務分担が必要になると考えられます。
英国オクスフォード大学でAI(人工知能)の研究を行っているマイケル・A・オズボーン准教授は、「雇用の未来―コンピュータ化によって仕事は失われるのか」という論文の中で、人間の行っている仕事の約半分が機械に奪われると予測しています。医療職はその上位には入っていないようですが、安穏としていると役に立たない薬剤師になることは間違いないと思います。前述したとおり、もう既に調剤業務の大部分は機械が薬剤師に代行できるようになっているのです。
医師はAIを用いて、診断の正確性を増し、今以上に適切に薬剤を処方するようになります。医療におけるIT化は、医師による治療方針の発生源から患者の在宅服薬管理まで、手作業による情報転記を一切することなく管理ができるようになりはじめています。医薬品に関しても、製造、販売、購入、調剤、投薬まで、トレーサビリティーが求められる時代となりつつあります。相互作用、服薬説明、会計まで自動化され、IoTによって医薬品の運搬、遠隔服薬指導など医薬品の物流がシステム化され、いわゆる「門前薬局」の大部分は、当日具合が悪くなり受診した外来患者対応機能のためだけの薬局となる可能性があります。調剤だけ、窓口投薬だけを目標として働いている薬剤師はAI導入話以前の段階で、多くの業務がシステム化され、必要とされなくなるのではないでしょうか。では、機械化された業務の代わりに、薬剤師は何をするべきなのでしょう?
システムと人間の能力を使い分ける
今後は機能を分化し、IT・IoT・AIなどのシステムにできる業務は割り切って任せ、個々の患者様が十分満足できる薬剤サービスを多職種の人間で協力しながら地域在宅医療を担っていく必要があります。ソーシャルワーカーなどがリーダーシップを発揮し、薬剤師を含むいろいろな職種が入れ替わり訪問することで、在宅で1 人になる時間を可能な限り短くできる地域システムが求められます。もちろん、患者容体の必要に応じてなので、在宅治療患者全員というわけではありません。患者ニーズに応じた在宅治療マネージメントが求められるのです。
2018年11月8日、厚生労働省が、薬局を機能別に次のように3分割する方針を提案しました。①調剤だけの最小限の機能をもつ「薬局」②在宅医療に対応する「地域密着型薬局」③抗がん剤などの特殊な調剤ができる「高度薬学管理型薬局」とイメージされており、薬局の機能を明確にしようとしています。
これは、厚生労働省が地域における保険調剤薬局の存在意義、機能意義を問うようになったとも捉えることができます。上記の地域密着型薬局は在宅医療を積極的に取り組むこと、すなわち、在宅の医薬品在庫管理を行うのではなく、アドヒアランスを改善すること、使用している医薬品の効果を確認できること、副作用が出る前や重症になる前に発見できることが必要であり、それを行うのは薬剤師でなければならない。その情報や患者様ごとのアプローチ方法を地域のいろいろな職種の方々と共有・協力し、救急で病院に行くことを未然に防ぐ取り組みが今後も必要になってくると考えられます。我々の薬局でも、各地域でさまざまな職種の方と協力し、地域医療の推進を行ってきました。中核病院、診療所やクリニック、ソーシャルワーカーや在宅支援所、訪問看護ステーションなど、1 人ひとりの患者様を中心に在宅医療を進めています。薬剤師だけではきめ細かい対応は不可能です。在宅患者の緊急事態や不安は24 時間365日、どこで起こるか分かりません。その多くの患者様のニーズに対応するため、コールセンターに薬剤師以外の在宅コーディネーターを設置しすぐに対応できる環境を整えてきました。このような、人と人の調整やコミュニケーションが現代の薬剤師には非常に重要な要素となっています。「コンピュータなどができる業務はシステム化し、人間にしかできない多職種とのコミュニケーションを取りながら、薬剤師として患者様1 人ひとりの薬物治療に専念する」、そんな時代になったのではないでしょうか。さらに近年、遠隔診療や遠隔服薬指導の記事を見受けます。現段階では特区だけとなっていますが、条件付きで拡大される可能性を示唆しています。広く現実となったときに、薬物治療はどうなっていくのか……薬局の機能はどうなっていくのか……電子化される処方せんやお薬手帳、スマートフォンやタブレット端末、電子決済など準備はどんどん進んでいます。「患者様中心」であることは忘れず、薬剤業務変化の時代に対応できる保険調剤薬局、病院薬剤部門、薬剤師を目指して現職薬剤師も、これから薬剤師になる薬学生も日々努力していかなくてはなりません。
時代の求める薬剤師になるために……
時代に対応し、頼られる薬剤師になるにはどうしたらよいのでしょう?幸いにも、薬学部が6 年制になってから実務の授業時間が増えています。大学の授業でも、症候学、臨床推論や患者対応、コミュニケーション学などの授業が取り入れられ、学内実務実習においても薬局対応、臨床対応、フィジカルアセスメントなど、現場に直結したカリキュラムが導入されてきました。これから学ぶ方、現在学んでいる方は患者様やお客様をイメージして取り組んでください。もう過去になってしまった方は、再度振り返ってみてください。必要な要素が沢山入っていたはずです。
また、現代は医療系の学会が多種あります。薬学会はもちろんのこと、興味のある学会に所属し、常に薬学や薬剤師の動向をチェックすると同時に、各学会主催で開催される研修会に参加し、自己研鑽していくことが大切です。地域の薬剤師会や病院薬剤師会でも、非常に興味深い実務研修会が多数開催されております。アンテナを張り、積極的に参加することでスキルを身につけ、人とも繋がり、薬剤師としての将来が見えてくるのではないかと思います。