薬剤師のための心と身体のスタイル提案マガジン ファーストネットマガジン

女性薬剤師のキャリアデザイン

キャリアデザイン=転職ではない。キャリアデザインとは、自分の経験やスキル、性格、ライフスタイルなどを考慮した上で、仕事を通じて実現したい将来像やそれに近づくプロセスを自らの手で主体的に構想・設計することであり、条件の良い求人を探すことではない。
胸に手を当てて考えてみてほしい。専門性や資格ではなく、自分の性格やライフスタイルを考慮しているだろうか? 自己実現や自分のありたい姿を描いているだろうか? そして主体的にデザインしているだろうか?
特に女性の場合は、ライフイベントによってキャリアが中断することがあるため、自己実現を諦めたり、中長期的なキャリアを描きにくかったりする。また、国家資格という強みがある一方、その国家資格に縛られて多様性を失うというジレンマがあるかもしれない。
本当はこんなことをしてみたい、新しいことに挑戦してみたい、ワークライフバランスを充実させたい、そんな悩みをそっと心の奥にしまい込んでいる女性薬剤師がいるとしたら、ぜひこのお2人をご紹介したい。パラレルキャリアを歩む女性2人の視点から、薬剤師として、一個人として、輝ける自分を設計するための思考術を読み解いていく。

株式会社ツールポックス、城西国際大学薬学部 富澤 崇/取材

ハイズ株式会社 医療経営コンサルタント

後町 陽子さん

2007年明治薬科大学を卒業。卒後2年間、青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。帰国後、低所得国の医薬品流通や品質にかかわる医薬政策を研究するため金沢大学大学院修士課程(国際保健薬学)に進学。急性期病院の薬剤師、医療者教育メディアでの編集者を経て、2018年からハイズ株式会社にて医療経営コンサルタントとして従事。本業と並行して薬局での勤務、医療通訳・翻訳、講演・執筆等でも活躍。

悩むというプロセスが選択に価値を与える。

現在のお仕事について教えてください。

病院経営のコンサルティングをしています。その一環で病院のリーダー人材育成も行っています。医療従事者は、良くも悪くも患者ファーストで経営や組織運営がおろそかになりがちです。また、間違いや失敗が許されないという想いが強くて、知識やルールを求めたがる傾向にあります。研修では、経営やマネジメントスキルを身につけるためのマインドセットには特に力を入れています。時々受講者からの想像を超えるアウトプットを見ると、教育の醍醐味を感じます。会社とは別に、週1回薬局でパートもやっています。兼業副業OKの会社なので。

ご経歴を教えてください。

2007年に大学を卒業し、青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナに行きました。帰国後、医薬政策に関する勉強をしたくて大学院に進学しました。一度は医療現場を経験したいと思い、急性期病院で薬剤師もやりました。その後、医療者教育メディアを運営するCareNetという会社で医療記事や教育動画の編集者をやり、2018年から現職です。

キャリアデザインにおけるご自身の価値観について教えてください。

20代と30代で変わりました。一本串を通すなら、ワクワク感、自分にしかできないことをやりたい、自分または薬剤師としての可能性を追求したいという想いですね。それを目指しているというわけではなく、キャリア設計のベースになっているといった感じです。
20代の頃は、スキルや専門性を高めて、自分が何をしたいかという思考が軸だったと思います。30代になるとそれだけでは違和感を持つようになり、誰と一緒に働くかとか、楽しさとか、自己成長感とか、そういったものが軸になってきました。成長できる環境があるかどうは非常に重視しています。どんなに居心地の良い職場であっても、成長機会を感じられなくなったら次のステップを考えるようにしてきました。

コンサルティング業と薬剤師業を並行してやられていますが、バランスを意識していますか?

「風の人、土の人」※1って言葉をご存じですか? 外から関わる人を「風」に、その土地に根づく人を「土」に例えているのですが、コンサル業は風、薬剤師業は土だなと感じます。どちらかというと私は風の人です。1人ひとりの患者さんに向き合う薬局の仕事も好きなんですけど、私はけっこう入り込みすぎてしまうので、それをメインの職業にすると自分にも患者さんにも優しくできなくなる気がしています。なので、組織と仕組みにフォーカスした外からのアプローチであるコンサル業をメインにしながら、週1回薬局で患者さんに向き合うという働き方が今の自分にとって心地良いバランスだと感じています。

※1 信州大学名誉教授で農学者の玉井袈裟男氏が立ち上げた「風土舎」の設立宣言

そういう感覚を大事にして職業選択や働き方の選択をしてもいいですよね。

本当そうなんですよ。私自身もかつてそうでしたが、薬剤師業界のキャリアって、専門性とか職業・職種とかで語られることが多いと感じています。自分や会社のスペックといった形式的な要素ではなく、楽しさとかやりがいとか心地良さとか、情緒的な要素を重視して多様な選択をしてもいいということをもっと知ってもらいたいですね。

これまでのキャリア設計や選択はうまくいっていると自分で評価できますか?

周りからは、直観的に素早く意思決定していると思われているかもしれませんね。でも全然そんなことなくて、めちゃくちゃ悩みます。時間をかけて考えて、考えて結論を出してきました。悩むことは非常に大事だと思っています。決して毎回、第1希望が叶ってきたわけではありません。とはいえ、第2希望や第3希望の進路でも良かったと心から思っています。悩み抜いたプロセスがあったから、どんな結果になっても納得できましたし、自分の選択に価値を感じることができるのだと思います。

薬剤師免許を使わない職業選択にはどんなものがあると考えられますか?

無限にあると思います。薬学というバックグラウンドを生かすならメディア業界でもいいし、WHOのような国際機関とかNGOなども社会的ニーズが高いと思います。今存在する職業の中から選択するというより、職業を新たに作るという意識も必要だと思います。社会問題を解決するという観点から役割を考えて、それを仕事につなげるという感覚もこれからの時代には求められてくると思います。

ウィズ・グロー 代表

山中 智香さん

1990年神戸女子薬科大学卒業後、製薬メーカー、調剤薬局や漢方薬局に勤務。専業主婦7年を経て、2012年ウィズ・グローとして独立。薬局はもとより一般企業向けにも新入社員研修、チームマネジメント研修、キャリア研修、シナリオプランニングなどを提供。福山大学では非常勤講師として薬学入門やコミュニケーションの授業を担当。最近はキャリアコンサルタントとして、女性活躍促進や女性キャリアについての研修に力を入れている。

前向きに何かを捨てる。そして他責にしない。

現在のお仕事について教えてください。

2012年に立ち上げたウィズ・グローの代表を務めています。研修講師業がメインです。主に薬局向けのチームビルディング、マネジメント、問題解決、ビジョン策定、シナリオプランニングなどの研修をやっています。シナリオプランニングとは、外部環境分析から「起こる可能性のある複数の未来」のシナリオを描き、そこから戦略を策定する手法です。「健康創造トライラボ」「未病セルフケア協会」など、薬剤師として健康に関わるコミュニティー運営もしています。最近では、女性リーダー育成や女性のキャリアに関する研修のお引き合いも多いですね。

ご経歴を教えてください。

1990年に大学を卒業して、1年間製薬会社にいました。その後、薬局に勤務していましたが、夫が転勤族で子育てもあったし、専業主婦になって7年間はキャリアが中断しました。地元大阪に戻ってきてからパートで薬局に復職しました。キャリアカウンセリングや心理学の勉強をしたくて学校にも通いました。コミュニケーション教育の重要性に気が付いて、母校でコミュニケーション教育を手伝ったり、日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会の研修に参加するようになったり、キャリアカウンセラーとしてセミナー講師の仕事が舞い込んできたりと、徐々に研修とか教育とかに関わるようになりました。2012年に個人事業としてウィズ・グローを立ち上げました。

キャリアデザインにおけるご自身の価値観について教えてください。

キャリアについて、大学時代はあまり考えていませんでした。専業主婦になって、「〇〇ちゃんのママ」という扱いやブランクで専門職能が薄れていく危機感があって、深く考えるようになりました。「やりたいことをやろう!」というのが結論でした。専業主婦の時間があったからこそ至った結論かもしれません。
学ぶことへの意欲は豊富ですね。薬剤師業界以外との接点とかコラボレーションとかも好きです。素直にそれを追求してきた感じがします。

自分で思い描くようにキャリアを実現してきたわけですか?

いえ、決してそんなことはないですよ。子育てとか介護とか、夫の残業も多かったし、けっこう振り回されることの方が多いので、やりたいと思っても実現できないこともあります。そういった制約の中でも、将来何がしたいのか、何のために働くのか、優先順位や自分の時間を何に使うべきか、といったことをしっかり考えました。今もそうです。「悩む」というより、主体的に「考える」ですね。親の介護を優先するために仕事を減らす場合も、仕方なくではなく、納得して選択すれば後悔しない。そのためにもしっかり考え抜くことが重要だと思います。

「それは山中さんだからできるんだよ」って言われませんか?

言われますね。丸太のように折れなさそうとか(笑)。私は柳だと思っています。レジリエンス※2が高いと思います。リフレーミング※3して、ポジティブに変換する力とか、メタ認知力※4もあると思います。そういう勉強もしましたらかね。でも、1人で這い上がれないときもあって、そういうときの相談相手やメンターがいます。家族にもちゃんと相談します。

※2 レジリエンス:「回復力」「復元力」「弾力性」とも訳され、逆境やストレスに対する精神的回復力やその環境下に適応し、自己実現を果たすために再起する力といった意味で使われる。

※3 リフレーミング:出来事の枠組み(フレーム)を変えることで、出来事に別の視点を持たせること。コップに水が半分しか入っていないというフレームで見るか、半分もあるというフレームで見るかということ。

※4 メタ認知:メタとは「高次の」という意味。自分が認知していることを、高次の視点からさらに認知すること。自己の客観視ともいえる。

キャリアデザインを考える上で、性差による難しさの違いってありますか?

一家を支えるという意識の強い男性の方がキャリアチェンジしにくいでしょうね。一方で、キャリアを考える上で女性の方が何かを諦めることが多いのも事実。男性・女性それぞれに難しさがあります。フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグが著書「リーン・イン」の中で、「キャリアはジャングルジム」だと言っています。男性なら梯子をイメージするかもしれません。キャリアビジョンに向かって上がっていくものというイメージが。でもそうではなくて、ジャングルジムだから縦横無尽に自由に登っていい。横にスライドしてもいいし、途中で腰かけて休んでもいい。360度違った景色が見えるのもジャングルジムの良いところ。

何かを諦めることの多い女性のキャリアにおいて、どんな考え方を身につけたらいいと思いますか?

諦める前にどうしてそうしたいのかをじっくり考え抜くことです。やりたいと思うのなら、実現の可能性を模索する。時期をずらして両方するとか、半分ずつ手に入れるとか、2つとも達成できる方法が見つかるかもしれません。逆にやらないことを選ぶなら、それを仕方なく諦めるのではなく、前向きにどちらかを捨てるという考え方を持ちたいですね。それを環境や誰かのせいにしない、自分の力を信じて、自分を拡張していく。考え抜いた意思決定の連続の先に振り返れば自分らしい人生になっていく、と私は思っています。

注目ポイント

  • ① じっくり悩む、しっかり考え抜く

    と2人は口をそろえて言う。求人企業のスペックや給料の違いを考えるということではない。どんな自己実現を果たしたいか、今はそのために何を優先すべきか、実現するにはどんな手段があるかを考え尽くすことが大事ということだ。特筆する能力や天才的な努力がキャリアを作るのではなく、自分の心の声と対話し、感情だけでなく論理的にも考えるという姿勢が豊かなキャリアを生み出すのではないだろうか

  • ② 女性だからというマイナス要素はない?

    途上国に行くのも、途上国の人もアクティブなのは女性の方だと言う後町さん。自身もキャリアを考える上で性差をあまり感じないという。山中さんはむしろ男性の梯子型キャリアを疑問視している。たしかに出産・育児による女性の負担は大きいが、それを含めた女性ならではのジャングルジムの楽しみ方があるのかもしれない。ジャングルジムならパートナーと横並びで楽しむこともできる。

  • ③ 多様なキャリアの可能性

    2人を見ているだけで、薬剤師としてのキャリアの多様性や働き方の多様性に大きな可能性を感じる。薬学部出身や国家資格に囚われる必要もないかもしれない。もっと自由に発想してもいいし、何歳になってもチャンレジしたっていいし、二兎追ってもいい。できそうなら手を伸ばすのではなく、“やりたい”という気持ちに従って意思決定する。はじめは少しの勇気が必要かもしれないが。

おわりに

薬剤師にはなったものの、明確なキャリアビジョンがないとか、やりたいことが見つからないという声やそもそもキャリアには偶然が作用するのだから、描いた通りには進まないといった声を聞く。たしかにそうだ。だからといってキャリアをデザインしなくていいというわけではない。真っ白いキャンバスにわからないなりにも1年先、3年先の未来を描けば、人はそれを叶えようと動き出す。それを手掛かりに前に進みはじめる。スタンフォード大学のクランボルツ教授の計画的偶発性理論の助けを借りれば、その予期しない偶然を意図的・計画的にキャリア形成の機会へと変えていくべきということである。
大事なのは“考えること”と“考え方”。専門家として勉強しなければならないことはたくさんあるが、その中にぜひキャリアリテラシーの勉強を加えていただきたい。女性としても、1人の薬剤師としても豊かな職業人生を歩むために。