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栄養学 第2回:薬剤師のためのオーソモレキュラー栄養医学

栄養学 寄稿:甲子園栗木皮膚科クリニック 院長 栗木 安弘 先生

情報が錯そうする現代社会においては、患者様と接する際、薬剤の種類や働きはもちろんのこと、正しい栄養の知 識を身に着けておく必要があるでしょう。本連載では、“食事と栄養”のチカラを用いて病態の根本的な治療を行う “オーソモレキュラー栄養医療”を実践するドクターに、診療科ごとの最新の栄養医療をご紹介いただきます。

鉄の働き

今回は鉄に関してです。
医学的な鉄のイメージは、鉄欠乏性貧血(以下貧血)、立ちくらみ、めまい、失神であって、皮膚との関わりについてはピンとくる方はほとんどいらっしゃいません。また、皮膚科医の大半は亜鉛には注目しても、体内で最も多い微量ミネラルである鉄については、全く理解も関心もありません。私自身もオーソモレキュラーを学ぶまでは、鉄がこれほど重要な栄養素であるとは1ミリも思っていませんでした。

一般的に、鉄は摂りすぎると危険で、体に良くないイメージがあります。しかし、鉄の働きや正しい代謝を理解して治療にうまく応用することで、皮膚をはじめ、さまざまな症状が改善することを日々の診療でよく経験します。
鉄の基本的な知識として、鉄は①ヘム鉄②非ヘム鉄の2つに大きく分けられます。それぞれの特徴を表に簡単にまとめます。

(表)
  ヘム鉄 非ヘム鉄
吸収率 10~30% 5%以下
含まれている食品 動物性食品 植物性食品
副作用 ほとんどなし 胃腸障害
その他 サプリメント 鉄剤

貧血でよく処方される保険適応の鉄剤は非ヘム鉄です。鉄剤は吸収率が悪いだけでなく、胃粘膜に炎症を起こすため胃の不快感や嘔気を生じる方もいらっし胃炎や胃潰瘍という病名を付けて胃酸抑制剤を処方されることも時々ありますが、鉄は胃酸によって吸収が促進されるため、「鉄剤+胃酸抑制剤」という組み合わせは、本来の鉄の代謝や吸収から見ると適切ではありません。

鉄の補給は、吸収率の良いヘム鉄を勧めます。ヘム鉄が多く含まれたレバーや赤身の肉を積極的に摂取することを指導しますが、効率良く摂取する場合には、ヘム鉄サプリメントを活用します。ただしヘム鉄サプリメントといっても、メーカーによって含まれている量や配合がかなり異なりますので、オーソモレキュラーを実践している医師と相談して、サプリメントを決めてもらう方が良いかと思います。

体内に含まれている鉄の約60~70%はヘモグロビンに含まれており、体の隅々まで酸素を運んでいます。残りの鉄は貯蔵鉄(フェリチン)や組織鉄で、こうした鉄は細胞内でのエネルギー代謝、活性酸素消去、コラーゲン合成などさまざまな機能を持っています。体はヘモグロビンを最優先に作り続けますので、出血等で鉄が不足した場合、体は貯蔵鉄(フェリチン)や組織鉄に含まれた鉄を先に利用します。ヘモグロビン濃度は正常で貧血はなくても、貯蔵鉄(フェリチン)や組織鉄が欠乏している状態を潜在性鉄欠乏症(かくれ貧血)と呼び、貧血と同様の症状が現れます。しかし、このことは臨床において十分理解されているとは言い難く、貧血ではないと診断されても、貧血症状を訴える方は大勢いらっしゃいます。また、治療もヘモグロビン濃度が上昇した時点で終了されることもよくあります。

鉄と皮膚

通常、皮膚科診療では鉄を治療に応用することは、ほとんどありません。しかし、よく考えてみると、貧血を放置したままだと皮膚に十分な酸素や栄養が運ばれず、皮膚の機能や修復がうまくいかないことは容易に理解できるかと思います。さらに、こうした状態では外用剤、スキンケア、局所処置を行っても、皮膚の炎症や傷(潰瘍)や感染症の治りが悪かったり、一旦良くなっても繰り返すことがあったりします。

ちなみに貧血の指標であるヘモグロビンは、ヘム鉄(鉄とビタミンB6)とグロビン(タンパク質)から合成されるため、貧血の治療はヘム鉄だけでなく、タンパク質やビタミンB群が含まれた食品を積極的に勧める食事指導も必要となります。鉄はコラーゲン合成にも必要な栄養です。コラーゲンは体タンパクの約30%を占める重要な成分で、皮膚においては基底膜や真皮に存在しています。そのため鉄不足では、皮膚自体の保水性低下や脆弱化となり、乾燥肌、しわ、敏感肌、かゆみ、かぶれなどが起こりやすくなります。

また、鉄不足の特徴的な皮膚の症状や変化として、かゆみを伴う丘疹や小水疱が目立ちます。代表的な皮膚疾患としてアトピー性皮膚炎(丘疹主体)、自家感作性皮膚炎、手湿疹、汗疱状湿疹、ニキビ(特に口囲や下顎:症例写真参照)があります。さらに、鉄は細胞内でのエネルギー産生や活性酸素消去にも関わりますので、鉄不足は手足の冷えやしもやけ、肝斑などを生じます。

症例写真

症例写真
他の皮膚科で漢方治療やピーリングをしていたが、効果はあまりなく、当クリニックを受診されました。ヘム鉄サプリメントの飲用と食事指導の症例です(1年後)。
検査項目 治療前 1年後
ヘモグロビン 12.8 13.4
フェリチン 5.4 12.1

● ニキビの治りも早くなりました
● 冷え症も良くなりました

爪についてはスプーン爪以外に、爪甲剥離、二枚爪。髪の毛では抜け毛や白髪を認めます。時々、下肢にむずむず、かきむしりたい、虫が這っている、電気が走っているといった異常感覚を訴えて皮膚科を受診される方もいらっしゃいます。これはむずむず脚症候群と呼ばれ、鉄不足が原因の1つと考えられています。このほかにも、鉄は薬物代謝に関わるチトクローム酵素にも関与するため、鉄不足の方は薬剤アレルギーや薬疹も起こりやすくなります。

当クリニックでは、上記のような疾患や皮膚の変化を見た場合、鉄不足を疑って血液検査を進めていきますが、同時に鉄不足となっている原因(食生活、月経過多や婦人科疾患、萎縮性胃炎、ピロリ菌感染、がん、吸収不良、薬剤)も、詳しい問診や追加の検査で判明する場合もあります。特に薬剤では、胃酸抑制剤によって症状が生じている場合が時々あるため、鉄不足による症状や皮膚トラブルが続く場合には、処方している主治医に薬剤変更や中止を指示することもあります。

このように、鉄だけでも非常に多くの皮膚の変化や症状、皮膚疾患と関わりがあります。今後は外用剤による治療、スキンケアの適切な指導、局所的処置だけでなく、体の内側に注目したオーソモレキュラーを取り入れた皮膚科診療が、患者様の満足度アップや診療の質の向上に繋がります。

栗木 安弘(医師)プロフィール
栗木 安弘

プロフィール

奈良県生まれ。愛知医科大学卒業後、兵庫医科大学皮膚科勤務などを経て、2010年に兵庫県西宮市に甲子園栗木皮膚科クリニックを開院。
食事とサプリメントによって、体の内側から皮膚をケアするオーソモレキュラー栄養医療に取り組んでいる。