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研究室訪問記

第5弾 目の前の患者さんのためになることを考えるのも小さな研究

研究室訪問記

摂南大学薬学部病態医科学研究室

辻 琢己(ツジ タクミ)准教授

准教授、博士(薬学)、大阪府出身
●マイブーム:マラソン ●子供のころの夢:薬剤師 ●好きなアーティスト:Bobby Caldwell ●薬剤師へのおすすめ書籍:内科学(朝倉書店)●担当授業:病態生化学、化学療法論、患者安全、フィジカルアセスメント実習、臨床準備教育(実践薬学Ⅳ・Ⅴ)など

全国の薬学部における最新の研究を紹介する「研究室訪問記」。卒業して何年も経つと研究という言葉すらノスタルジー?日常業務に追われ、研究マインドを忘れてしまったそこの薬剤師さん!思い出してください薬剤師綱領を。「薬剤師はその業務が人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学、医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。」とあるではないですか。そう、絶えず最新の研究をトレースし続けなければならないのです。
「そんな暇はない」と嘆くあなたのために、薬剤師業務にかかわりの深い研究を行っている研究室をファーネットマガジンが取材して、最新の研究をご紹介しちゃいます。これを読んで、再び研究マインドに火をともしましょう。

株式会社ツールポックス、城西国際大学薬学部 富澤 崇/取材

当研究室は、河野武幸教授、吉田侑矢講師、大学院生3人、6年生12人、5年生11人、4年生8人からなります。
私は、2001年に摂南大学薬学部を卒業し、そのまま修士課程に進学しました。2003年から北大阪警察病院薬剤部で4年間勤務し薬剤師経験を積みました。その後母校に戻り、現在の研究室で教員として勤務を始めました。いわゆる実務家教員としてではなく、基礎研究者として戻りました。2013年から2018年には国立病院機構京都医療センターで非常勤薬剤師としても勤務していました。そんな経歴ゆえ、私個人としては常に“臨床家”でありたいと思っています。臨床に軸足を置きながら基礎研究に携わっているという感覚です。ですから、基礎研究のテーマの多くは臨床現場から得ています。そして、得られた成果を一般化し、実臨床に還元したいと思っています。トランスレーショナルリサーチといわれる研究分野ですね。臨床現場で日々発生する疑問を基礎研究という手段を用いて解決し、臨床現場にフィードバックする、それが私の最大の関心事です

  • ●脂溶性薬剤中毒の解毒方法の構築に関する研究
  • ●抗がん剤の最適な投与方法の構築に関する研究
    (ダカルバジンやシスプラチン等の投与時に生じる副作用回避に関する研究)
  • ●免疫寛容の誘導・制御機構の解明とその臨床展開に関する研究(関節リウマチ、多発性硬化症など)
  • ●ステロイド抵抗性アトピー性皮膚炎の病因・病態解明と新しい治療戦略の開発に関する研究
  • ●川崎病等の小児疾患の病因・病態解明と新しい治療戦略の開発に関する研究

(当研究室がこれまでに行ってきた研究の一部)

脂溶性薬剤を多量服用した患者さんのレスキュー

脂溶性の高い薬剤を大量服用してしまった患者さんのレスキューの方法はあまり確立されていません。三環系抗うつ薬を大量服用してしまった中毒患者さんの解毒方法として、脂肪乳剤の有用性を確かめられないか?と、ある救命救急で働く薬剤師からの要望でした。そこで、脂肪乳剤のイントラリポスを点滴静注し、三環系抗うつ薬を組織移行させずに血中にとどめることができないかと発想しました。麻酔薬の過量投与に対して脂肪乳剤を用いるというのは、海外のガイドラインにもあるのですがその応用です。このような治療法を「リピッドエマルジョンセラピー」と呼んでいます。私たちはそれをまず動物実験で実証することを試みました。三環系抗うつ薬のクロミプラミン塩酸塩(CMI)中毒マウスにおいて、イントラリポスを投与した群とプラセボ群では、前者で血中のCMI濃度は有意に高値でした。逆に、肝臓と脳ではCMIの量がプラセボ群よりも低値でした(Acute Medicine &Surgery 2018; 5: 272-277 )。すなわち、イントラリポスを投与することで、CMIの組織移行を抑制し、血中にとどめておくことができるのではないかということが示唆されました。

どうしたらそれを体外に排出できるか?

次はそれをどうやって体外に排出させるかです。うまく排出できなければ、いつまで経っても体内に残ってしまいます。となると、イントラリポスを使って血中にとどめておくことが必ずしも良いこととは言えないかもしれません。まさか透析というわけにもいきませんので、排出させる方法は、実臨床で可能な方法でなければなりません。参考にできる先行研究も少ないので悩ましいところです。そもそも薬剤の体内動態に関しては、私は素人なので難問なのです(笑)。
この壁を乗り越えるために、臨床現場の薬剤師や学内の他の研究室の教員とディスカッションしています。特に本学には、トランスレーショナルリサーチに関心の高い同年代の教員が多いので有難いです。今、世の中で取り組まれている研究の多くは、1つの研究室の中だけで解決できるものではありません。学内外の専門家が英知を結集して、チームで解決に当たる必要があります。

添付文書を比較検討した学生のアイデアがドンピシャ

抗がん剤のダカルバジン投与時の血管痛対策という研究もやっています。ダカルバジンの光分解によって生じるDiazo-IC(5-diazoimidazole-4-carboxamide)が痛みの原因であることはわかっているので、「点滴経路全体を遮光すること」と添付文書にも書かれています。しかし、Diazo-ICの生成を完全に抑制することはできず、事実一部の患者さんは痛みを訴えます。そこで、NSAIDsのプレメディケーションについて検討しました。すでにロキソプロフェンやジクロフェナクではこの痛みを十分に抑えることができないと報告されています。そこで、複数のNSAIDsの添付文書を比較した卒論生が「ブラジキニンによる疼痛反応を抑制する作用の強いザルトプロフェンを使ってみてはどうか」と提案してくれました。マウスで実験してみたら、これがドンピシャでした。ロキソプロフェンやジクロフェナクよりも多くのマウスで痛みを抑制することができました。実は、ザルトプロフェンの抗ブラジキニン作用はすでに報告されていたのですが、添付文書の記載内容からそのことを推論した卒論生のセンスに驚かされたと同時に、このセンスこそ現場で働く薬剤師に必要なものだと痛感した出来事でした。

小さな研究の蓄積

実験をしてデータや数字を出していくことだけが研究ではなく、目の前の患者さんの治療をどうにかしたい、もっと良い治療やケアがないか、それを考えるのも研究で、そういう小さな研究の積み重ねが大事だと思います。臨床現場でも「次はこうしてみよう」「何がいけなかったんだろう」と思考することは立派な研究です。定型業務が機械化される中、この思考プロセスが人の強みであり、薬物治療における研究思考を持った薬剤師が活躍してほしいと思いますね。

臨床系と基礎系教員が一丸となって取り組む臨床準備教育

これまでお話したような、臨床課題を解決するための研究だけでなく、ここ数年は、臨床で活躍できる薬剤師の育成にも力を入れています。いわゆる臨床準備教育です。本学の特徴として、この臨床準備教育には臨床系教員だけでなく、多くの基礎系教員も一丸となって取り組んでいます。臨床でも基礎の魂が入ることで、より多角的に患者さんの治療を評価し、より良い治療を提案できると良いなと思っています。

卒論生にも聞いちゃいました!

フィンゴリモド(FTY720)外用療法のアトピー性皮膚炎に対する治療効果

O.H.さん
6年生、福岡県出身
●マイブーム:ドライブ
●将来の進路:病院
●指導教員に一言!:いつか一緒に走りましょう!

FTY720の外用療法によって、どれだけかゆみを抑えられるかという研究を行いました。FTY720は、多発性硬化症に用いられるフィンゴリモド塩酸塩のことで、ワセリンと混ぜて外用薬としました。ダニ抗原で皮膚炎を誘導したマウスに、FTY720、タクロリムス、ベタメタゾンを塗布して比較しました。かゆみが抑えられているかどうかは、表皮に向かって伸びてくる神経繊維の伸長を抑制できるかどうかで評価しました。結果としては、FTY720が他の2剤よりも早期に神経繊維の伸長を抑えていたので、期待通りでした。一方で、神経繊維の伸長を抑制する因子(Semaphorin3A)はFTY720よりも他の2剤の方が強く発現していました。Semaphorin3Aの発現が多いほど神経繊維の伸長が抑制され、痒みが抑制されると推測していたので、より詳細に調べる必要があると考えています。今のところ1勝1敗です。うまくいかないときは確かに凹みますけど、次の一手をどうしたらいいかを考えていくことは大切だと感じます。そしてそれは1人では解決できないこともあって、チームで議論しながら乗り越えていくことの大切さも感じます。卒論研究を通して感じたことは、きっと将来病院に就職した際にもチーム医療の活動に役立つと思っています。

CAWS誘導川崎病様血管炎に関する研究

E.M.さん
6年生、奈良県出身
●マイブーム:バスケットボール
●将来の進路:病院
●指導教員に一言!:目指せ!サブ3!

乳幼児に好発する川崎病の標準治療である免疫グロブリン(IVIG)療法では、約20%の患児で治療抵抗性を示します。特に、この抵抗例では高率に冠動脈炎を合併します。これに対する治療方法を構築することが私の研究テーマです。具体的には、IVIGで十分な治療効果が得られないモデルマウスを作成し、その病態について詳細に調べました。その結果、この冠動脈炎を呈したマウスの炎症部位では好中球の増加が観察されました。好中球は好中球エラスターゼや活性酸素を産生し、血管内皮細胞を傷害します。そこで、既存の医薬品である好中球エラスターゼ阻害薬やラジカルスカベンジャーを投与すれば治療抵抗例に有効かもしれないと考えました。結果としては、推測通りの結果が得られたこともありますが、もちろん期待通りではない結果もあります。謎の結果に悩む日々ですが、卒論発表までの残された時間で粘り強く考えていきたいと思います。なぜなら私の研究の先には患者さんがいるからです。
就職の希望は病院です。昔から医療ドラマを見るのが好きで、特に患児が前向きに病気と闘う姿が描かれているシーンを見て、将来小児病棟で働きたいと思うようになりました。きっと今携わっている研究内容も研究から得た学びも将来の糧になると思います。