京都薬科大学 臨床薬剤疫学分野
村木 優一(ムラキ ユウイチ)教授
教授、博士(医学)、大分県出身
●マイブーム:水泳・映画/音楽鑑賞 ●子供のころの夢:水泳の選手 ●好きなアーティスト:ADELE、LMFAO、Christina Milian ●薬剤師へのおすすめ書籍:すべての医療機関で役立つ 抗菌薬耐性対策サーベイランス必読ガイド、キャラ勉!抗菌薬データ ●担当授業:基礎演習、早期体験学習、感染症学、感染症治療学、医療の担い手としてのこころ構えC、総合薬学研究A、薬学総合演習、事前実務実習、総合薬学研究B、感染制御概論、アドバンスト薬学、感染制御特論
全国の薬学部における最新の研究を紹介する「研究室訪問記」。卒業して何年も経つと研究という言葉すらノスタルジー?日常業務に追われ、研究マインドを忘れてしまったそこの薬剤師さん!思い出してください薬剤師綱領を。「薬剤師はその業務が人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学、医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。」とあるではないですか。そう、絶えず最新の研究をトレースし続けなければならないのです。
「そんな暇はない」と嘆くあなたのために、薬剤師業務にかかわりの深い研究を行っている研究室をファーネットマガジンが取材して、最新の研究をご紹介しちゃいます。これを読んで、再び研究マインドに火をともしましょう。
株式会社ツールポックス、城西国際大学薬学部 富澤 崇/取材
当研究室は2017年4月に新設されました。2019年8月現在、社会人大学院生1人、5年生4人、4年生6人、3年生6人というメンバーで、笑顔を絶やさず楽しく運営しています。当研究室では、電子化された診療情報と疫学的手法を駆使して、薬剤の効果や副作用、薬剤師の介入による影響を評価するといった研究を行っています。たとえば、販売量、電子カルテ情報、ナショナルデータベースを活用して、薬剤の効果や副作用を評価する方法論の確立や耐性菌対策に必要な抗菌薬使用動向の調査などを行っています。このような診療データの活用は未開拓であり、今後の成長が期待される研究分野です。
- ●日本における2006年から2015年までの販売量に基づいた抗MRSA薬、抗緑膿菌作用薬、抗真菌薬の使用動向
- ●日本におけるClostridioides(Clostridium)diffi cile 感染症に用いる抗菌薬の使用動向と治療指針の影響
- ●寸劇を用いたAMR対策をテーマとした市民公開講座の効果
- ●日本における抗菌薬及びステロイド含有眼科用剤の使用動向
- ●Antimicrobial use density (AUD)及びdays of therapy(DOT)を用いた感染防止対策加算の有無による抗菌薬使用の評価
(当研究室がこれまでに行ってきた研究の一部)
2050年には薬剤耐性菌による死者が1,000万人に。
今や薬剤耐性菌(AMR:antimicrobial resistance)は世界的な問題となっています。2015年5月の世界保健機関(WHO)の総会では、加盟国に「AMRに関するグローバル・アクション・プラン」の策定が求められ、日本では2016年に、国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議のもと、「AMR対策アクションプラン」が策定されました。しかし、各医療機関からすれば、感染症診療状況、医療関連感染の発生状況、薬剤耐性菌の発生状況、抗菌薬使用等に関する情報を入手しにくかったり、自施設と他施設を比較して状況を把握しにくかったりします。そこで、2017年厚労省委託事業として国立国際医療研究センターAMR臨床リファレンスセンターを中心に、「J-SIPHE(感染対策連携共通プラットフォーム)」が開発・構築されました。これは、抗菌薬使用量や適正使用推進活動に関する医療関連のサーベイランスの枠組みを構築することで、あらゆる医療施設での情報を有機的に共有し、有効活用するためのシステムで、私もその立ち上げに関わりました。
多くの医療機関でJ-SIPHEを使用していただきたいと思っていますので、ご興味のある方はアクセスしてみてください。
薬の使用状況を可視化する。
販売量から日本における抗菌薬の使用動向を調査しました。抗菌薬使用の90%は内服薬なのです。院内でカルバペネム系注射薬の使用制限などを行ってきましたが、日本における問題は内服薬もあります。ヨーロッパなどと比較すると量はさほど多くはないものの、第3世代セファロスポリン、マクロライド、キノロンといった広域スペクトルの抗菌薬を使う傾向が高いことがわかりました。これらが原因と考えられる耐性菌が問題になっていますので、まずはこれらの選択圧を減らさなければなりません。しかし、必要な患者にはしっかり使ってもらうことも大事です。やみくもに使用しないということではなく、最適な使用を考えるということです。そのためにも使用動向を可視化するということが大事になってきます。私はすべての薬で使用状況を可視化し、そのデータをオープンにしたいと考えています。そうすることで、医師自身が治療薬の選択を顧みることができるでしょうし、疑義照会する薬剤師も薬剤使用のトレンド情報をもとに処方医と議論することができます。
臨床現場で研究をやる、その重要性を学生に理解してほしい。
データ解析の方法や論文の書き方などに困っている現場の薬剤師は多いと思います。そのため、大学が臨床現場を支援する仕組みを作っていきたいですね。本学の学術協定先である京都第二赤十字病院と当研究室の関係は一つの成功例だと思います。臨床現場で行う研究に関する困りごとの相談を受けたり、共同研究を行ったりしています。こういうケースをもっと作りたいと考えています。臨床現場の研究を大学も一緒になって進めていく。同時に、現場で科学的根拠を得るために研究をやっていくことの必要性を学生にも理解してほしいですね。薬剤師の活動を世の中に示す手段としての研究を現役の薬剤師にも学生にも知ってほしい。患者さんのために自分たちがやっていることを見える化する、そんな取り組みをもっと身近に感じられる環境を作りたいと思います。
卒論生にも聞いちゃいました!
日本における2006年から2015年までの販売量に基づいた
抗MRSA薬の使用動向
IQVIAより入手した販売量データから2006年から2015年における抗MRSA薬(バンコマイシン、テイコプラニン、アルベカシン、ダプトマイシン、リネゾリド)の使用量の推移を調べました。この間に分離されるMRSAの数は減少しているにも関わらず、抗MRSA薬の使用量は微増していました。ガイドラインの遵守により長期的な投与が増えたことや難治症例が増えたことなどが推測されます。さらにレセプトデータを用いることができれば、より詳細な分析ができるのではないかと考えています。
卒業研究を通じてデータを見る目が養われましたね。グラフを見て、増加しているとか減少しているなどと全体像を把握するのも大事ですが、有意な差があるといえるのかといった目を養うことができたので、街中にある広告とかにも騙されなくなりました(笑)。将来は、病院就職を考えています。病院のさまざまなデータを見える化し、解釈し、問題を抽出することに携われたらと思います。
寸劇を用いたAMR対策をテーマとした市民公開講座の効果
薬剤耐性(AMR)対策アクションプランには「国民への普及教育・啓発」というテーマが掲げられています。そこで、地域住民の方々に抗菌薬の正しい使い方を知ってもらうために、本学の市民公開講座を利用し、医師、看護師、病院薬剤師、薬局薬剤師による寸劇を行いました。その講座の参加者を対象に、講座の前後でアンケートを実施し、抗菌薬の正しい使い方の理解度を調査しました。講座前のアンケートでは、抗菌薬に対する誤解が見られましたが、講座後のアンケートではおおむね正しい理解が得られていました。
AMR対策を医療者だけで行うのは限界があると思います。市民一人一人の正しい理解と当事者意識が大事です。抗菌薬の適正使用によって医療費が抑えられることも理解してほしいですね。一方で、市民へ伝えることの難しさも実感しました。今回の取り組みを通して、データを整理し、意味づけして、問題解決の材料にするという考え方を学ぶことができ、とても良い経験になりました。