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栄養学 第4回:薬剤師のためのオーソモレキュラー栄養医学

大友外科整形外科・院長 大友 通明 先生

薬剤師のためのオーソモレキュラー栄養医学

情報が錯そうする現代社会においては、患者様と接する際、薬剤の種類や働きはもちろんのこと、正しい栄養の知識を身に着けておく必要があるでしょう。本連載では、“食事と栄養”のチカラを用いて病態の根本的な治療を行う“オーソモレキュラー栄養医療”を実践するドクターに、診療科ごとの最新の栄養医療をご紹介いただきます。

栄養療法とは?

“Man is what he eats”という言葉があります。『ヒトは食べたものでできている』ということです。私たちの身体は30兆個の細胞でできており、それぞれが機能を発揮してこそ私たちは生きていけるのです。

細胞の中心には核があり、細胞質内には小胞体、ゴルジ体、ミトコンドリアなどがあり、その周りは細胞膜で囲まれています。細胞膜は脂質でできており、膜に局在する糖鎖や膜タンパクを介した物質や情報のやり取りが行われていますが、情報伝達にはカルシウムイオンが重要な働きをしています。核は私たちが生きていくのに必要なタンパク質を作る設計図ですが、それを読み取るのには亜鉛が必要であり、タンパク質を作るときにはたくさんのアミノ酸を必要とします。この反応は酵素の力で行われ、酵素が働くには補酵素であるビタミンやミネラルが必要になります。更にそのためにはATPという生体エネルギーが必要なのですが、その工場であるミトコンドリアでは酸素を利用してたくさんのビタミン、ミネラルを使ってATPを作っています。1つの細胞がタンパク質を合成するのに必要とする栄養素はとてつもなく多いのがわかると思います。食事をないがしろにしていると、たんぱく、鉄、亜鉛、ビタミンB群などの栄養素が不足し、酵素が働かなくなり、細胞機能が低下して心身の不調が生じてくるのは明らかなのです。皆さん、もうお分かりでしょう。細胞の機能を上げるためには、細胞が必要としている量で、細胞が必要としている栄養素を経口摂取してあげることが重要で、それをすることが栄養療法なのです。

栄養療法の実際 ~薬剤選択でも変えられる患者の人生~

今回は“Man is what he eats”を実践して体の調子が良くなった症例をご紹介します。腰痛と足の痛みで受診した70代の女性です。診察すると「疲れてしょうがない」と言います。初診時にレントゲン検査、骨密度測定、血液検査を行い、1週間後に再診してもらいました。血液検査の結果は驚くべき内容でした。タンパク質、鉄、亜鉛、ビタミンB群の不足が明らかで、筋肉量も少なく、検査では骨粗鬆症もありました。通常ならば整形外科で鎮痛剤、湿布、骨粗鬆症治療薬などが処方されると思いますが、私はこの患者さんの栄養状態を改善しようと考えました。そして、なぜ栄養状態が悪いのかを探りました。

「お食事はちゃんと摂っていますか?」と訊くと、「何を食べても美味しくなくて、たくさん食べられない」と答えが返ってきました。この言葉で、不足している栄養とこの方の不調の原因が分かりました。それを裏付けるためにお薬手帳を見せてもらうと、やはりありました。1年以上も継続処方されている薬剤、PPIが目につきました。胸やけがあると必ずと言っていいほど処方されている薬剤です。この方はPPIを真面目に服用しているため胃酸が出ていないのです。胃酸が出ないと胃の中でタンパク質の初期消化が起こらず、ミネラルの酸化も起こらないためミネラルの吸収障害に繋がっていきます。
更に私は追加質問をしました。「便秘や下痢はしていませんか?」と訊くと、「便秘が全然治りません。便秘薬飲んでも出にくくて……」との答えでした。胃酸が出ないと小腸内のPHが上がってアルカリ環境になります。悪玉菌にとって居心地が良くなります。善玉菌が減って、便秘が頑固になっていくのです。口から入れるものを変えてあげれば、この方はきっと良くなると思いました。

さあ、栄養療法を開始していきます。
まず悪い食べ物を入れないように、小麦製品の摂取を一時的に中止しました。小麦に含まれるグルテンは腸粘膜を荒らしてしまうからです。
次に薬剤の再選択。PPIと便秘薬を中止し、胃の消化を助けるために消化酵素剤に変更しました。胃の機能低下を補うために胃の蠕動を促す漢方薬と、小腸細胞のエネルギーであるグルタミン、善玉菌をサポートするために乳酸菌+ビフィズス菌の配合薬を処方しました。これらはすべて保険治療薬です。
この方の不調の原因を考えた処方を組み立てて食事指導も行い、とにかく食事を美味しく食べられるようにしたのです。その効果は2週間で出ました。1か月処方をしたのに患者さんが「先生に会いたい」と来院してきたのです。「先生、食べ物を美味しく食べられるようになって、便秘が改善してきた」と言うのです。「腰も足も痛みが減って、疲れも取れ元気になり、嬉しくなって来院しました」とのことでした。もう半年以上経過していますが、PPI無しでも胸やけは起こらず、来るたびに「何でもないけど、先生の顔を見に来た。おかげ様です。」とニコニコして帰っていきます。

薬剤も口から入れるので、食べ物の一つだと思います。『ヒトは食べたものでできている』ので、経口摂取した薬剤が心身のどこに作用しているのかを考えて薬剤を摂取させるべきだと思います。口から入れたものが体の不調の原因にもなるということを、私たち医師も薬剤師も常に頭に入れておけば治療はうまくいくと思います。薬剤の薬効を出すのか、薬害を出すのか、”Man is what he eats”を考えた仕事に繋がればいいと思います。

整形外科医である私は腰痛と足の痛みで来院された70代の女性に鎮痛剤も湿布も処方しませんでした。医療人の心構えとして、目の前の患者さんのために何ができるのかが一番大事です。患者さんを薬害から守れる薬剤師になるために、あなたも栄養療法を勉強してみませんか?

大友外科整形外科・院長 大友 通明 先生プロフィール
大友 通明

プロフィール

埼玉県生まれ。
東京医科大学医学部卒業後、同大整形外科勤務を経て2004年埼玉県北本市に大友外科整形外科を開院。
整形外科治療に食事指導やサプリメント指導を盛り込んだオーソモレキュラー栄養療法を導入した栄養整形医学を実践している。
著書に『骨と筋肉が若返る食べ方』(青春出版社)がある。