近畿大学 薬学部製剤学研究室
長井 紀章(ナガイ ノリアキ)准教授
博士(薬学)、奈良県出身
●マイブーム:ディズニー ●子供のころの夢:公務員 ●好きな食べ物:パスタ・ショートケーキ ●薬剤師へのおすすめ書籍:LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100 年時代の人生戦略 ●担当授業:製剤学,製剤工学,物理薬剤学,薬学概論,実践病態と治療,医薬品物性・製剤実習,総合演習1・2,創薬科学実習1・4,基礎ゼミ
全国の薬学部における最新の研究を紹介する「研究室訪問記」。卒業して何年も経つと研究という言葉すらノスタルジー? 日常業務に追われ、研究マインドを忘れてしまったそこの薬剤師さん!思い出してください薬剤師綱領を。「薬剤師はその業務が人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学、医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。」とあるではないですか。そう、絶えず最新の研究をトレースし続けなければならないのです。
「そんな暇はない」と嘆くあなたのために、薬剤師業務にかかわりの深い研究を行っている研究室をファーネットマガジンが取材して、最新の研究をご紹介しちゃいます。これを読んで、再び研究マインドに火をともしましょう。
株式会社ツールポックス代表取締役、城西国際大学薬学部准教授 富澤 崇/取材
当研究室は、准教授である私と大竹裕子助教、研究員2人、大学院生2名、卒論生は6年生8人、5年生9人、4年生12人、3年生12人というメンバーで構成されています。
主たる研究テーマは医薬品のナノ結晶化です。難水溶性薬物のBioavailability(BA)をいかに高めるかが、医薬品開発における大きな課題となっています。粒子径100nm以下ではOstwald-Freudlich式から予想されるように、薬物の溶解度改善を期待できることが知られていますが、現在報告されている微細化法(ブレイクダウン法)では150~300nm程度までの破砕がほとんどです。しかし当研究室では、粒子径30~100nmの超微粉体製造技法の確立に成功し、経口、点眼、経皮といったさまざまな剤形への応用を進めています。ナノ結晶化によりBAが向上することで、1回投与量を減らしたり、生体内での利用効率が向上したり、副作用を減らしたりといったことが期待できますし、製剤化のコスト削減、ひいては医療費の削減などにもつながるのではないかと考えています。そんな魅力的なナノ結晶化技術の発展や応用に取り組んでいます。
- ●超破砕技術を核としたナノ結晶製造法の確立
- ●ナノ製剤化に伴う製剤用途の拡大(ドラッグ・リポジショニング)
- ●製剤学特性に基づく点眼薬評価に関する研究
- ●各院における院内製剤の品質評価とその有用性の確認
- ●マイクロプローブを用いた新規製剤評価法(溶出試験法)の開発に関する研究
(当研究室がこれまでに行ってきた研究の一部)
薬物ナノ粒子の調製から製剤設計応用への展開
溶けなくても角膜に入ればいい。固体状態で入らないか?
点眼薬は涙液で希釈されて、鼻涙管を流れていきますので、眼表面に滞留しにくく、組織移行性は高くありません。角膜透過性を高める目的や保存剤の目的で界面活性剤を使いますが、角膜障害が懸念されます。そこで、界面活性剤の使用を減らし、点眼薬の角膜透過性を高められないかと考え、ナノ結晶化技術を点眼薬に応用しました。当初は主薬を「溶かす」というアプローチで考えていました。懸濁液はマイクロオーダー、溶解液はピコオーダー、その中間のナノオーダーで、溶かさなくても固体状態で角膜を通過すれば良いわけですから、超微細化というアプローチが有効かもしれないと考えました。実際に、ナノ結晶化した点眼薬は、従来のものよりも薬効を強く示したり、効果が持続したり、角膜障害性が減弱したりといった成果をもたらしています。臨床応用されれば、点眼回数を減らせますし、効果もより期待できます。副作用も軽減されますから、患者さんにとって大きなメリットが生まれる可能性があると思います。
保存剤や角膜透過性を高める目的で界面活性剤であるベンザルコニウム塩化物が多くの点眼薬で使用され、それによる角膜障害性が問題になっています。緑内障や白内障の治療のために長期間に渡って点眼薬を使用すると、ベンザルコニウム塩化物によって角膜が傷つき、点眼の際にしみたり、痛みを伴ったりして、その結果点眼薬のアドヒアランスが低下することが考えられます。ナノ結晶化した点眼薬によって薬効を高めたり、点眼回数を減らしたりすることで、従来の点眼製剤の副作用であるこの角膜障害性を低下させることは非常に価値のあることです。
一方で課題もあります。ナノ結晶化させた点眼薬は一見白濁したように見えてしまうので、白い液を目にさすという心理的抵抗感があるかもしれません。また、現段階では使用前に振るという手間が発生します。そして、最大の課題はスケールアップ化です。院内製剤の規模で製造するには問題ありませんが、製薬メーカーが大量生産するには、微細化工程が難しく、大きな機械も投資も必要です。現在も点眼薬の製薬メーカーさんと議論を重ねているところです。
失敗を改善すれば成功に近づく。
ナノ結晶化技術の研究は2000年初頭から盛んになりましたが、粒子径30~100nmの超微粉体製造技法を点眼薬に応用している研究者は少ないかもしれません。おそらく点眼薬領域におけるナノ結晶化製剤の研究では、当研究室が最先端を走っていると自負しています。
しかし、これまで試行錯誤の連続でした。でも、私は失敗しても不思議とめげたりしません。たとえ望ましくない結果が出たとしても、何も結果が出ないよりは断然いいですし、それを改善していけばいつか成功に近づくと思っています。望ましい成果を上げるまでの自分なりのストーリーを描いているので、途中でうまくいかないことがあっても地道にその道を進めばいいと自分を信じています。楽天家かもしれませんね。良いも悪いも自分なりの意味づけ次第だと思っています。そして何よりも研究がおもしろい。おもしろいからやっているという内発的動機が強いから、失敗でへこたれるということはないんですよね。そういう感覚を学生たちにも感じてもらいたいです。たとえ失敗であってもそれはいつか使えるから大事にしまっておきなさいといったことを伝えています。
研究結果だけでなく、研究プロセスも理解してほしい。
点眼薬の急性毒性や慢性毒性を評価するという研究も行っています。簡単にいうと、点眼した際にしみると感じるものとそうでないものを比較するということです。培養細胞を用いたin vitro の実験結果ではありますが、点眼薬の処方の参考になるのではないかと思います。
私は、こういった研究結果は必ず論文として発表しています。ただ、薬学領域ではなく、眼科領域の雑誌に投稿していることもあって、眼科の医師からの問い合わせはあっても、薬剤師からの問い合わせというのはほとんどないんですよね。臨床で活躍されている薬剤師さんにこういった基礎研究の成果を臨床に役立たせる橋渡しをしていただきたいと思います。しかし注意していただきたいのは、研究結果だけを切り取って臨床応用するのは危険です。その研究の前提条件やプロセスも理解したうえで、臨床現場に当てはめていただきたいと思います。また、私たちは臨床現場に還元できるように基礎研究の結果を発信していきたいと思っています。
患者さんへの熱い想いがゆえに、論文化しにくい?
最近、いくつかの病院薬剤部から共同研究や論文化のための相談を受けます。認定専門薬剤師の申請のために論文投稿が求められているという背景があると思います。しかし、臨床現場での研究にはいくつかの問題(ジレンマ)があります。たとえば院内製剤に関する研究の場合、日本病院薬剤師会が監修した「病院薬局製剤」のレシピや作り方をアレンジしていたり、施設独自の製法における根拠のエビデンスが十分には検討されていなかったりすることがあります。その際、たとえ院内製剤の安定性を調べたとしても、その施設独自の製剤の安定性が評価されただけで、それを元に一般化して論じることができないために、学術論文としての意義が弱いというふうに捉えられてしまいます。その施設の患者さんに適したよりよい製剤を用いて研究を進めるのか、広く一般的に適応できる研究を行うのかという視点の違いを踏まえる必要があります。現在の認識では論文を出す研究は後者ですから、研究結果を広く適応できるように、たとえば一般的な製法と施設独自の製法を比較するなどといった研究デザインが必要です。目の前の患者さんのためにという想いから、その患者さんに合わせて製剤がアレンジされていくほど、一般化から遠ざかり、論文化しても採択されにくいということが起こっているのではないか、そんなふうに私は感じています。だからぜひ大学とコラボしてほしいと思います。大学の研究室の力を借りて、臨床現場の良い取り組みを論文化することで、世の中に薬剤師の存在をアピールすることをお手伝いしたいと考えています。 vitro の実験結果ではありますが、点眼薬の処方の参考になるのではないかと思います。私は、こういった研究結果は必ず論文として発表しています。ただ、薬学領域ではなく、眼科領域の雑誌に投稿していることもあって、眼科の医師からの問い合わせはあっても、薬剤師からの問い合わせというのはほとんどないんですよね。臨床で活躍されている薬剤師さんにこういった基礎研究の成果を臨床に役立たせる橋渡しをしていただきたいと思います。しかし注意していただきたいのは、研究結果だけを切り取って臨床応用するのは危険です。その研究の前提条件やプロセスも理解したうえで、臨床現場に当てはめていただきたいと思います。また、私たちは臨床現場に還元できるように基礎研究の結果を発信していきたいと思っています。
卒論生にも聞いちゃいました!
ナノ結晶化技術を用いた新規経口製剤の開発とその有用性評価
私は将来研究職に就きたいと考えています。新しいことがわかるって楽しいですし、問題を解決できたときの快感があります。でも研究は大変なこともあります。実験動物の個体差の調整、データの解釈の仕方、共用試験対策との並行……。やりたいけどできない。でも、やるしかない。成果を出して期待に応えたい。そんな想いで毎日、研究と向き合っています。高血圧治療薬であるイルベサルタンをナノ結晶化することで、バイオアベイラビリティを高め、1回の投与量を減らしたり、副作用を軽減したり、といったことを目的に研究を行っています。すなわち超微粒子化することで生体内の利用率が高まり、少ない量でも効果が発揮されることを立証したいと考えています。うまくいけば製剤コストを削減できたり、医療費を削減できたりできるかもしれません。実際に、ナノ粒子化にも成功し、通常の剤形よりも血圧降下作用が上昇する結果が得られました。今後もよい成果を出せるよう頑張っていきたいと思います。
トラニラスト超微粒子点眼製剤の開発と結膜炎治療への有用性
2人がかりでラットに点眼するんです。1人が目を開いて、1人がピペットで投与。また、結膜炎モデルのラットを作るために、まぶたに注射をするのですが、正確に同じ場所、同じ深さに投与する必要があるんですが、ラットは動くし。日々ラットとの格闘に苦労しています。
私は、点眼薬の主薬を超微細化することで、治療効果を高めることを研究テーマとしています。トラニラストをナノ化することで、市販の溶液型点眼薬に比べ、結膜滞留性の向上、血管透過性の低下、TNF-αの抑制、一酸化窒素産生の抑制が観察されました。いずれも高い治療効果を裏付ける望ましい結果でした。これにより、1回の点眼での治療効果の持続や増強が期待できます。
本研究は先輩から引き継いだものですが、さらなる改良を加える中で、予想していた通りの結果が出ないこともしばしばあります。そのたびに、長井先生から「どうしたらいいと思う?」と問われるので、いやがうえにも自分で考える力が身に付きます。さまざまな角度から事象を検証するセンスは、きっと将来の薬剤師業務にも活かされるものだと思います。