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特集 『アンサングシンデレラ』陰の立役者
医療原案者 富野浩充さんインタビュー

医療系の漫画、ドラマは数あれど、医師や看護師ではなく薬剤師が主役になった漫画が連載、ドラマ化されたことに衝撃を受けた方も多かったのでは?
そんな異色の作品、『アンサングシンデレラ 病院薬剤師葵みどり』医療原案者の富野浩充さんにお話を伺いました。
原案を担当するまでの経緯や作品制作の裏側、ドラマ放映開始直前のお気持ちや、薬剤師の働き方についてのお考えをたっぷりお伝えいたします!

※2020年3月中旬取材

アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり

総合病院の2年目薬剤師として働く、葵みどり。
医師のように頼られず、看護師のように親しまれなくても、今日も彼女は患者の「当たり前の毎日」を守るため、院内を駆け回る!!
陰日向であなたを支える医療ドラマ!!
月刊コミックゼノン連載中。コミックス1〜4巻発売中。
著者:荒井ママレ 医療原案:富野浩充 発売:コアミックス
フジテレビで『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』として、石原さとみ主演で2020年ドラマ化。

©荒井ママレ/コアミックス

富野 浩充
静岡県出身。
焼津市総合病院薬剤科勤務。
漫画『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』
(コアミックス)医療原案担当。
現役薬剤師として勤務する傍ら、ライターとしても活躍中。

薬剤師兼ライター、医療原案者になるまで。

まずは、富野さんが病院薬剤師になるまでの経緯についてお聞かせください。

元々物書きになりたかったのですが、文系よりも理系科目の成績の方が良く、高校の科目では化学が好きだったことから大学進学は薬学部を選択し、東京理科大学薬学部へ進みました。大学卒業後は、約2年地元のドラッグストアや街の薬局で勤務し、その後病院へ移りました。
病院と薬局を比べてみると、病院所属の方が医師の顔が見える分、話を聞きやすいので医師の専門知識が入ってくると感じます。また、薬剤師としての知識を活かすという点では、調剤特化型よりは調剤併設のドラッグストアの方が活かせると思います。自分の判断でOTCを選べる、つまり症状を聞いて処方を考えるという能力が必要になるので。

ちなみに、研究職は頭と体力が足りませんでした。週70時間の拘束はなかなか辛く……。単純に実験は好きですし、環境があればやりたいとは思います。

次に、ライターを始められたきっかけについても教えてください。

先に申し上げたとおり、元々は物書きになるのが夢でした。薬剤師になってからも「文章を書きたい」という気持ちは消えず、薬剤師として働きながら東京にあるジャーナリスト専門学校にも通いました。その専門学生時代に、医療系情報誌に売り込みに行って仕事をもらったのがライターとしてのキャリアの始まりです。いろんなジャンルの文章を書いたことがありましたが、自分が薬剤師であることが強みと考え、医療分野の文章を書くようになりました。文章は書くのも読むのも好きです。
現在薬剤師とライター業を掛け持ちしていますが、文章を書くことは趣味の一環なので、両立することについて意識していることは特にありません。病院の仕事は家に持ち込まない、逆も然り、というくらいです。

そこから漫画『アンサングシンデレラ』医療原案に携わることになった経緯についてお伺いできますか?

現在の担当編集者から「薬剤師の漫画を作りたいが監修をしてくれないか」と声を掛けられたことがきっかけです。それまでも薬剤師の仕事は周知されていないと感じていて、個人的に薬剤師ネタの同人誌などを作っていましたが、漫画になれば大きい影響を与えられると感じて引き受けることにしました。

薬剤師にスポットライトが当たった漫画、ドラマが作られるのはほとんど初めてだと思うのですが、率直にどう思われましたか?

薬剤師を主役に据えた物語を作るのは難しいと感じていたので、漫画化の話を頂いたときには「本当にできるのだろうか?」という疑問と期待はありました。
ドラマ化については、既刊が少ないのに早くないかな(話は持つのか?)、とは感じました。ですが、これを機に薬剤師の仕事が広く周知されれば嬉しいです。

また、どの程度事実に即したセットや人物の動き(とても狭い調剤室だったり、ボロボロの備品を使っていたり、当直明けの無精ひげやテカったおでこ、化粧を落として目の大きさが違うなど)に作り上げてもらえるのか期待と不安があります(笑)

『アンサングシンデレラ』作品制作の裏側と世間に伝えたいこと。

作品作りにおける医療原案者の具体的な仕事内容について教えていただけますでしょうか。

作品のプロット(物語の大まかな流れ)に合う症例を探したり、辻褄が合うかどうか考えたり、関連資料を探したりしています。主人公の葵みどりが部内勉強会で使ったスライドも実際に作りました。他に、第10話で先発医薬品からジェネリックに変更したときの322円安くなるという設定も、実際に処方を組んで薬価を計算しました。
ほとんど編集さんを通してやり取りしていますが、細かいニュアンスが必要なときなどは、著者の荒井ママレさんと直接話すこともあります。

©荒井ママレ/コアミックス

初めて作品作りに携わって感じたこと、工夫したこと、苦戦したことなどはありましたか?

現実の動きを考え過ぎるとくどくなったり、物語がスムーズに進まなくなったりすると感じました。例えば、第2話では患者は3歳の設定ですが、実際のマイコプラズマの好発年齢は6歳くらいからです。クラリスロマイシンが飲めなければ、1日1回、3日間飲めば終了するアジスロマイシンへの変更を考えるのもありですし、最悪飲まなくてもそこまで重症化しない病気なので、やめてしまうのも手です。
ネーム※1の段階で指摘することもありますが、漫画として見せることを考えてスルーする場所などは編集さんと相談しています。

※1 漫画のコマ割りや構図、キャラクターの配置やセリフを大まかに表現したもの。

©荒井ママレ/コアミックス

実際の職場環境と比べて、ドラマでの再現具合はいかがですか?

まだオンエアを見てないのでなんとも言えませんが、調剤室は狭くて淀んだ雰囲気の施設も多いので、どのように再現されるのか楽しみです。ただ、スクラブ(半袖の医療用白衣)の下からインナーの長袖を出すことは実際にはあまり無いので、そこはドラマならではのファッション表現だと思います。スクラブや白衣は防護服の面もあるので、変なものをひっつけて帰らない、という意味もあります。

作品の中で、特に印象的なシーンとその理由を教えてください。

第1話の「薬剤師っていらなくない?」というセリフです。これは私自身常に考えて働いています。
好きなシーンは、第9話で小児科の久保山先生が「とべ! にゃん介」のスクラブを自慢しているシーンです。こういう日常が実際あります。

あと、第18話で小野塚がかかりつけ薬剤師について「地獄のような制度ですよね」とバッサリ斬っているシーンは、現場の思いを代弁しているのではないでしょうか。

©荒井ママレ/コアミックス

主人公<葵みどり>はどんな人物ですか? ご自身との共通点があれば教えてください。

それは荒井さんの設定なので言及は避けさせてください(笑) 共通点で言うと、自分は漫画のほうのハク※2のスタイルに近いかもしれません。

※2 登場人物、羽倉龍之介の愛称。主に整形外科を担当している。一歩引いて周りを見ているがたまに毒を吐く。

作品作りに携わるようになって、何か身の回りで変化はありましたか? また、作品を通して世間に伝えたいことは何でしょうか?

個人的にはツイッターのフォロワー数が増えて、学会などで話しかけられる機会が増えました。
世間に対しては、薬剤師がどんな仕事をしているのか、沢山の人に認識してもらえれば嬉しいです。そして、この物語を読んで、ゆくゆくは薬剤師を目指してくれる人が現れてくれたら本望です。

薬剤師の活躍できるフィールドは広い。

病院薬剤師として働くうえで心掛けていることはありますか?

病棟での担当患者は自分の患者、と思って対応しようと心掛けています。顔と名前が一致するようになると、どういう疾患があってどういう性格で……など分かってくることがあります。

薬剤師という職能を、病院や薬局以外のフィールドで活かすことについてどう思われますか?

良いことだと思います。研究職だろうがMRだろうが衛生関係だろうが、薬剤師の職能を活かせますよ。法律事務所でも需要はあります。臨床現場で数年働いてからそれらの道を考えるのも良いと思います。
ライター業に関して言えば、文章にして発表する前には裏を取る作業があり、創作にしてもネタ集めのために資料や本を調べるので、それが単純に自分の知識となります。薬剤師の仕事も、今やカルテ書きの時間が多く取られ、院内発表することもあり、薬の説明書を作るにも文章力が必要です。そこは相互にプラスになっています。

薬剤師の存在意義について思うこと、薬業界に求めていることなどを教えてください。

「薬剤師って必要なの?」ということは常に考えています。
また、病院薬局と保険薬局の溝が埋まれば良いと思います。退院後の患者さんを継続して見ていくのは院外の薬局の役目になりつつあり、病院薬剤師もそこを期待していますが、まだ院内、院外でお互いの業務について理解が追い付かず、溝を感じてしまうことがあります。薬剤師会と病院薬剤師会が分かれているのも一因ではないかと思っています。お互いに転職してもキャリアに傷がつかない仕組みがあれば良いですね。

今後、より必要とされる薬剤師像についてお考えを聞かせてください。

必要とされる薬剤師像はこう、というよりは、自分で”自分の理想の薬剤師像”を持って働くことが大切ではないでしょうか。認定を取るというような短期的な目的でも、地域に必要な薬局を開くといった目的でも、医療訴訟で困っている人を助ける、でも、街の科学者でも、何でも良いと思います。薬剤師の活躍できるフィールドは広いですよ。

薬剤師を目指す薬学生の方、現役薬剤師の方へ向けたメッセージをお願いします。

薬剤師は他の医療職と違って、サラリーマン的な”一箇所に勤め上げるのが偉い”精神が残っている部分もありますが、若いうちはいろんな施設を見るのも良いと思います。医師と接していても感じますが、他職種を経験した人とそうでない人では人当たりや深みが違うので、できれば他職種を経験してからでも良いと思います。

最後に、富野さんの今後の夢や目標を教えてください。

なにか著作が出せるといいなと思っています。医療成分20%くらいの、がっつり医療系ではない小説を書きたいです。医療の話はエッセイ風のものを書いてみたいですね。編集さんと話していると、漫画コラムとかも面白そうですけど。

いつか富野さんの作品を拝読するのが楽しみです。
これからもますますのご活躍をお祈りしています。
ありがとうございました。