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研究室訪問記 第8弾 子育てと仕事がリンクする母親ならではの発想

研究室訪問記

武庫川女子大学 薬学部臨床製剤学研究室

吉田 都(ヨシダ ミヤコ)准教授

博士(薬学)、福岡県出身
●マイブーム:子供と絵本を読む、子供と童謡を歌う ●子供のころの夢:環境学者 ●好きなアーティスト:Official 髭男dism ●薬剤師へのおすすめ書籍:どうしても飲めない高齢者どうしても飲まない小児への必ず成功する服薬指導 編集内田享弘 調剤と情報 1月臨時増刊号(2017 vol.23 no.2)じほう ●担当授業:製剤学・物理薬剤学・薬物送達システム学

全国の薬学部における最新の研究を紹介する「研究室訪問記」。卒業して何年も経つと研究という言葉すらノスタルジー? 日常業務に追われ、研究マインドを忘れてしまったそこの薬剤師さん!思い出してください薬剤師綱領を。「薬剤師はその業務が人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学、医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。」とあるではないですか。そう、絶えず最新の研究をトレースし続けなければならないのです。
「そんな暇はない」と嘆くあなたのために、薬剤師業務にかかわりの深い研究を行っている研究室をファーネットマガジンが取材して、最新の研究をご紹介しちゃいます。これを読んで、再び研究マインドに火をともしましょう。

株式会社ツールポックス代表取締役、城西国際大学薬学部准教授 富澤 崇/取材

当研究室は、教授(内田 享弘先生)、助教(小島 穂菜美先生)、助手(池上 咲枝里先生)、博士課程(社会人)4年2名、2年1名、1年2名、4年制薬学部の修士課程2年1名、卒論生6年生8名、5年生20名、4年生11名というメンバーで運営しています。味覚センサを用いた苦味評価を主な研究テーマとしていますので、必ずしも医薬品だけでなく、食品なども扱うので、製薬メーカー以外の業界からも社会人博士課程の学生を受け入れています。研究テーマとしては、注射剤の品質評価、長期徐放性乳酸・グリコール酸共重合マイクロスフェアの調製などもありますが、内田教授が味覚センサを用いた苦味の評価という概念を薬学業界に取り入れたパイオニアですので、やはりメインは経口製剤の苦味評価となります。

  • ●味覚センサを用いた医薬品の苦味評価
  • ●味覚センサを用いた新規苦味マスキング剤の開発
  • ●注射剤(先発・後発医薬品)の品質評価
  • ●長期徐放性乳酸・グリコール酸共重合体を用いたドラッグデリバリーシステムの開発
  • など

(当研究室がこれまでに行ってきた研究の一部)

どんなに良薬でも、服用できなければ意味がない。

副作用が少なくて、すばらしい効き目の薬が開発されたとしても、患者さんがそれをちゃんと服用できなければ意味がありません。服用できない理由に、薬の苦味があるならば、それを解決することで服薬アドヒアランスを高めることができるのではないかというのが、私たちの研究目的です。主観的な“味覚”に対して味センサを用いることで、客観的に評価することができます。科学的指標に基づいて、製剤の味をマスキングしたり、服薬の仕方を工夫したりすることができると考えています。さすがに、少量であっても人が薬剤を味見して評価するわけにはいきませんからね。

子育てが仕事にヒントをくれた。

現在私には1歳と4歳の子供がいます。苦い薬は当然飲んでくれません。
子育てをすることで薬を飲ませることの大変さを、身をもって知りました。
周りの薬剤師仲間から、小児や認知症患者さんに薬を飲んでもらうことが大変だという話を聞いていましたが、それを実感したわけです。製剤上の工夫をすることでもっと飲みやすく、使いやすくできないものだろうかというのが、私の中にある研究の動機かもしれません。子育てをするようになって、その気持ちが強くなりました。
子育ては研究そのものにも良い影響を与えてくれました。私の子供たちは納豆が大好きなのですが、あの納豆のネバネバが研究を躍進させる大きなヒントになったのです。生活の中に研究のヒントを探してしまうのは、良い意味の職業病かもしれません。もっと研究の時間を取りたい、もっと仕事に時間を回したいと思っても、保育園のお迎えなどでどうしても時間の制約が発生するため、何気ない日常の中にも仕事に繋がる何かを自然と考えているのかもしれませんね。仕事も家庭も子育ても、全部で100点満点を目指すことはできませんし、どれもが中途半端になっているのではないかと自分に自信を持てなくなるときもありますが、仕事と家庭はリンクするものだと考えると、今の私だから生まれる発想があることを楽しみたいと思います。

味覚センサで後味の悪さも評価可能。

写真のような装置を使って薬剤の苦味を測定します。苦味を検出するセンサを基準液、薬剤溶液、基準液と順に入れていきます。最初の基準液をベースラインとして、薬剤溶液を測定した値との差が苦味となります。
再度基準液に浸すのですが、センサに成分が残っているため苦味が検出されます。それがいわゆる後味としての苦味です(CPA値:Change ofmembrane Potential caused by Adsorption)。
苦味のある薬剤は、コーティングを施したり、カプセル剤にしたりしてしまえばよいのですが、口腔内崩壊錠やドライシロップは困ります。例え錠剤でも粉砕する薬剤師さんは苦味に襲われます。やはり主薬自体をマスキングする必要があります。ちなみに、苦味を持つ薬剤は塩基性であることが多いので、酸性飲料、特にオレンジジュースがおすすめです。ただし、マクロライド系薬剤は酸性飲料と一緒に服用すると苦味を増すことが知られています。苦味を阻害する作用機序の違いだと考えていますが、今後そういうメカニズムも解き明かしていきたいと思います。

納豆のネバネバで苦味をマスキング。

味覚センサの写真
SA402B
(インテリジェントセンサーテクノロジー株式会社)

嚥下機能が低下した高齢者では、口腔内崩壊錠や散剤が用いられるため、苦味のマスキングだけでなく、嚥下のしやすさも重要になってきます。口の中に残る時間が長いと、それだけ苦味を感じやすくなります。そこで苦味を抑え、嚥下をしやすくする添加剤として、私の子供たちが大好きな納豆のネバネバが応用できないかとひらめきました。ネバネバの正体であるγ-PGA(ポリグルタミン酸)をリジンで架橋化するとゲル化するという先行研究を見つけました。このγ-PGAゲルに降圧薬であるアムロジピンベシル酸塩を加えると、見事に苦味をマスキングしてくれました。寒天やカラギーナンと比較しても、優れたマスキング効果を示してくれました(Chem.Pharm. Bull. 67, 1284–1292,2019)。また、γ-PGAはゲル化の工程においても利点がありました。
ゲル化するためには、寒天は熱して、冷やしてという工程が必要ですし、カラギーナンは塩を加えなければならず、どちらも主薬に影響を与えてしまいます。その点γ-PGAは水を加えるだけですので、主薬との配合において扱いやすいという利点がありました。
γ-PGAは服薬補助ゼリーのようなものではなく、顆粒剤などの製造化における添加剤として応用することを想定しています。現在は、アムロジピンベシル酸塩を苦味のモデル薬剤としていますが、今後は小児科領域で用いられる抗菌薬などを試していきたいと考えています。実務実習中の卒論生からも臨床現場の声をフィードバックしてもらい、苦味を持つ既存の薬剤を改良していきたいと思います。

主薬が同じでも苦味は違う?

ファモチジンは苦味を有するため、口腔内崩壊錠を製造する際には苦味のマスキングや製剤上の工夫が必要となります。先発医薬品1種と後発医薬品5種について味覚センサで苦味を評価し、ファモチジンの溶出量との相関性を検討しました。その結果、ファモチジンの溶出量が多い製剤はセンサ出力値が高値を示し(苦味が強く出ることを意味します)、主薬が同じでも製剤によって苦味が違うことが解りました。
後発医薬品を選択する際に、薬の風味や苦味の違いを考慮に入れられるとよいのですが、添付文書やインタビューフォームではなかなかそういった情報が示されていないのが課題ですね。

卒論生にも聞いちゃいました!

旨味ペプチドによるジフェンヒドラミン塩酸塩苦味マスキングに関する研究

西川 知花(ニシカワ ハルカ)さん
修士課程2年生、長野県出身
●マイブーム:旅行、音楽鑑賞
●将来の進路:化粧品業界、製薬業界
●指導教員に一言!: いつもいろいろな経験をさせていただきありがとうございます。

苦味を持つ薬剤として知られている、抗ヒスタミン薬のジフェンヒドラミン塩酸塩(DPH)を大豆由来の旨味ペプチドで苦味を抑制する研究を行っています。旨味ペプチドとそれを構成するアミノ酸の両者ともDPHの苦味を抑制しました。味覚センサでもヒト官能試験においても、期待通りの結果を得ることができました。また、苦味を抑えるメカニズムについても調べていますが、旨味ペプチドまたは構成アミノ酸とDPHが化学反応することで苦味がマスキングされるのか、旨味ペプチドが舌にある苦味受容体をブロックするのか、まだその詳細には辿り着いていません。
一つ測定するのに下ごしらえに3日かかります。測定中も10分おきに操作して、1時間も付き合わなければならず、その上再現性が低く……。おかげで粘り強さが身に付きました。実験がうまくいかなかったときは、正直言って嫌になることもありますが、期限までに結果を出す責任感や使命感は育まれたと思います。

3Dプリンタを用いたγ-ポリグルタミン酸ハイドロゲル錠の開発およびその苦味抑制効果の検証

市川 聽奈(イチカワ アキナ)さん
6年生、大阪府出身
●マイブーム:音楽鑑賞、楽器演奏
●将来の進路:総合化学メーカー、化学系商社
●指導教員に一言!: これからもよろしくお願いいたします!

ポリグルタミン酸ハイドロゲル(PGAゲル)を用いた、薬剤の苦味抑制効果と嚥下性の評価を行い、PGAゲルを含有する錠剤を3Dプリンタで作製するという研究に携わっています。
3Dプリンタで錠剤を作ると、1錠当たりの主薬の含有量を調整しやすいというメリットがあります。粘り気のある液体のPGAを空気圧で押し出して、多層構造の錠剤を作ります。そのために、紙に印刷する通常のプリンタで言うところのインク作りから始めます。先行研究が限られるうえに、その工程が数値化されていないため、少しずつ条件を変えて何度も何度も試作しました。条件のどこを変えればよいのか、どんな道具を使えばいいのか、悩む日々が続きましたが、なんとか錠剤化の工程を標準化することができるようになったので、次は苦味を持つ薬剤を混ぜて、マスキングの効果を調べたいと思います。
卒業後は、総合製薬メーカーや化学系商社など、幅広い市場で人々の健康発展に貢献できるソリューション提供に携わりたいと考えています。