自由が丘駅から徒歩数分。閑静な住宅街のそばに、所せましとハーブや精油が置かれている明るいお店がある。ここを経営しているのは、日本における植物療法の第一人者、グリーンフラスコ代表の林真一郎さん。無意識に「おしゃれ」と表現してしまいそうなそのお店や商品に、それ以上の奥ゆかしさがあるという。
薬剤師、薬局を諦めハーブ専門店を開業。
-
ご経歴と、グリーンフラスコを開業された経緯についてお聞かせください。
東邦大学薬学部を卒業後、調剤薬局に数年勤めてから起業しました。身内に薬剤師が多かったため自然と薬学部に進学しましたし、自分でも薬局を経営したいと思っていました。
学生時代は特にハーブへの関心はなかったのですが、もともとお酒は苦手でノンアルコール(喫茶)が好きということもあり、ハーブティーが日本に入ってきたタイミングで興味を持ちました。当時はハーブ自体が日本になく、ネットもない時代だったので、できる範囲で独学していました。その中で、実はハーブは薬の生みの親だということを知りました。
今思えば、ストレス社会が本格化するようなタイミングでしたね。それがちょうど薬局開業のタイミングとも重なり、調剤薬局で来店される患者様にハーブティーを提供しようと考えたのですが、前例が無いということで役所からの許可が下りませんでした。前例がないからやりたかったのですがね(苦笑)。結局薬局を諦めて、ハーブ専門店として開業することにしました。 -
前例のない店舗に、当時の人々の反応はどのようなものでしたか?
当時の日本にハーブ店はまだなかったので、当然なかなか認知されませんでした。唯一、海外経験のある方はご存じで「海外でハーブの良さを知って、帰国してから日本でも探していたんだ」ということを仰っていました。アーティストやミュージシャンの方もいましたが、それでもごく一部の人にとどまっていました。
「なんで薬剤師がハーブなの?」と不思議がられもしましたが、個人的には、歴史的に見ると医薬品もハーブの延長線上の存在だったので、特に違和感はありませんでした。さらに言えば、病気の予防やケアという点では、むしろハーブのような自然のものの方が人にフィットすると思っていました。 -
そこから次第に世間に認知されていった過程について教えてください。
女性誌を中心にメディアがハーブを取り上げたことが大きかったのではないでしょうか。ハーブより少し後なのですが、1985年にアロマセラピーが日本に入ってきて、それがすごく世間に関心を持たれました。イメージもおしゃれで、アロマセラピーという言葉が女性誌を中心に世間に広がっていきましたね。そこで、ファッションだけではなくヘルスケア面での価値や歴史に医療職がやっと目を向けたというような感じです。
統合医療の世界でもいろいろありますが、エビデンスを取りにくいのでなかなか認めてもらいづらい中で、メディカルハーブは補完代替療法の中でも一番医療職が認めるセラピーなんです。ハーブはほとんどすべての薬の生みの親ですから、それを否定することは現代医療の中の薬物療法を否定することにもつながってしまいます。そういう意味で、世界的に見ても現代医療以外では一番ハーブが信用されている気がします。
ハーブは人の生活に役立ち、健康状態をも良くしてくれるもの。
-
今更ですが、“メディカル”と冠がつく理由は何でしょうか?
まず、「ハーブ」というのは“生活に役立つ香りのある植物”という意味です。“生活に役立つ”というのがポイントで、人の生活があってこその植物であり、体に毒なものはハーブとは呼びません。あくまで人の暮らしの中にあるものです。昔は衣・食・住のほとんどが植物起源でしたよね。その中で主に料理に使うとか、染め物、園芸、美容など……いろんな世界があり、その中にヘルスケアもあります。メディカルハーブは“ハーブのメディカルな活用”という、活用の領域を指す言葉です。
厳密な定義はありませんが、日本ではもともと嗜好品だったハーブティーなどを医療関係者がきちんと評価して、医療領域で使用することを「メディカルハーブ」と呼んでいます。例えば「1日何回、何時に飲んでくださいね」というように、目的を持って摂取することですね。ハーブの種類によって「これはメディカルハーブだけれどこっちは違う」ということではありません。 -
漢方とはどう違うのでしょうか?
西洋ではハーブ、東洋では漢方と呼んでいますが、病気とか怪我をしたときに植物を活用するという点では同じです。詳しく言うと、漢方は日本では医薬品分類、ハーブは食品分類です。漢方の方が根っこなど固い部分を使うことが多く、ハーブは葉っぱや花など柔らかい部分を使うなど、使用する部位の違いはあります。
広い店内の入り口から奥まで、世界から取り寄せられたハーブや精油がズラリ。20年前ほどから国産のものにも注力している。自社栽培はしておらず、森林組合とのお付き合いなどから国産商品を取り寄せている。
-
2001年と2010年にそれぞれ開設された「グリーンフラスコ研究所」、「ヘルスリゾート研究所」ではどんなことをされているのか教えてください。
前者は、実際に研究施設があるわけではないのですが、医療応用には科学的な裏付けが必要なので、講師をしている大学と一緒に情報面の調査や収集を行っています。
後者は、“ヘルスリゾート”という業態が本当に存在します。施設でちゃんとした食事を摂り、おいしい空気を吸い、温泉に浸かるなどして健康になって帰るというものです。WHO的には健康保養地と言いますが、チェックインからチェックアウトまで「健康」というコンセプトで統一されていて、ドイツなどで盛んです。自然豊かなところでしかできず、海外ではタラソテラピーや森林療法などとも重なります。
日本でも次第にそういう施設が望まれて、私が指導させていただいた施設が熱海にあるのですが、新型コロナのまん延で現在中断してしまっています。コロナが明けるまでは大きな動きは取れませんね。 -
コロナの影響をどのように捉えられていますか?
日常生活レベルで健康度をいかに高めるかという重要性に世間の方が気付いたので、ハーブやアロマの領域としては一つの良いきっかけになるかもしれませんね。また、ウイルス研究者もハーブの持っている可能性に着目しているので、長い目で見るとハーブやアロマがより世の中に浸透していくための大きな出来事かもしれません。
実際にハーブやアロマを勉強したいという薬剤師さんも出てきていて、育ちつつありますが、コロナもあって今は医療現場ではチャレンジしにくいのかもしれません。ですが、薬剤師さんも今後現代医療の方に進むか、ハーブのような現代医療以外でのヘルスケア領域へ進むかに二分化していくのではないかと思います。
暮らしへ、医療へ。もっとハーブが親しまれることを願って。
-
貴社でも数多くのセミナーを開催されていますが、薬剤師の参加も多いのでしょうか?
多くいらっしゃいますよ。「目の前の患者さんにしてあげたい」と思うことを、個人レベルで勉強されている感じです。薬のすごいところと同時に弱い面も肌で感じているから、薬以外で補うとするとハーブやアロマセラピーが候補に挙がるのではないでしょうか。
医療系の大学の中でもハーブに関する授業は増えています。学生の頃に刺激を受けておくことは大事ですね。ただ、ハーブは国家試験には出題されないので、学生をまず国家試験に合格させることが第一の医療系大学において、試験に出ないということは一つのネックかもしれません。とはいえ患者さんのニーズがあるわけなので、1コマ、2コマ授業があってもいいのではと思っています。
逆に言うとそういう授業を導入している学校は、試験に出なくても患者ニーズがある、二の次になりがちな部分を学生に体験させてあげたいというのが動機のようです。実際に学生もすごく興味を持ってくれています。統合医療の時代になるとハーブなどの必要性は出てくるので、大学のカリキュラムも変わってくると思います。 -
改めて、林さんの思うハーブの魅力を教えてください。
一つは、「なぜハーブが効くのか?」というメカニズムが極めて合理的なことです。
現代の医療薬はハーブの中から1つの成分を取り出して作るのですが、ハーブは複数の成分が入っています。もちろん単一成分のほうが早くよく効くのですが、複合成分の相乗効果というのは極めて微妙な働きで、薬だと一方通行な作用がハーブはうまい具合に調整してくれると言いますか……今でもなかなか解明できないことが多いのですが、自然の持っているメカニズムがすごいなと思います。もう一つは、やはり実用的で役に立つことです。特効薬ではないのですが、例えば日常的に溜まるストレスに対して、ハーブやアロマはお茶やお風呂などで日常的に気軽に取り入れることができます。特別な装置や技術は必要ありません。贅沢品のように思われているところもありますが、意外とそれほどお金もかかりません。医療領域で見ても、機能性もちゃんとありますしね。
特に日本では、まだまだ「おしゃれ」というイメージで受け取られています。悪いことではないのですが少し表面的で、特別なもので特別な人が……というイメージが依然あるように感じます。そうではなくて、誰でも気軽に生活に取り込むことができるということを、もっと知ってほしいと思っています。 -
貴社で数多くセミナーをされるのも、世間一般的にハーブが広まればというお気持ちからですか?
そうです。もともと、ハーブの使い方を知ってもらうことを目的に開催していました。自分を含め誰も使い方を知らなかったので、「こう使うと体にいいよ」とか、「こうすると楽しいよ」といったソフト面を伝えたいと思いました。最初は、“いかにハーブに取っつきやすくするか”という気持ちで無料での開催や参加していただきやすい価格で開催していましたが、「有料でもいいからもっとよく学びたい」というご意見を頂いて有料の講座も行うようになりました。今はコロナのためZOOMで行っています。
-
薬剤師に期待することを教えてください。
薬剤師さんはとても真面目な方が多いのですが、新しい医療に対しては少々動きが遅いような気がします。もちろん、薬剤師さんに勝手なことをされてしまっては命にかかわるので良くないのですけど(笑)。
例えば、海外では使用されている医療大麻についても、日本だと「えっ?」と躊躇われる方が多いと思いますが、世界の情勢なども含め、そろそろ正確な知識を身に着けておくべきだと感じます。日本では戦後禁止になりましたがそれまでは使われていたわけですし、要は使い方ですよね。ちゃんと価値があるものなのにもったいない。疼痛緩和で患者さんが楽になるならそれで良いと思います。日本の法律は、それはそれとして、少なくとも「医療大麻は妙なものだ」という偏見は取っ払うべきだと思います。また、薬学のカリキュラムはけっこう幅が広いので、本人に興味さえあれば食品関係や化粧品関係など、薬剤師免許を必ずしも使わなくても、違う道でも面白いと思います。
コロナのこともあるので、薬の知識を持った薬学部出身の人材に来てほしいという企業が、特にコロナ後は出てくるのではないでしょうか。 -
今後の展望を教えてください。
一般の方の健康意識が高まっているので、このタイミングでハーブやアロマを良い形で普及させることと、医療にももっと活用してもらいたいと思います。薬が良くないという意味ではなくて、ハーブは患者さんのQOL向上などに役立つと思いますので、そういった側面から医療応用を進めていきたいです。海外ではすでに医療領域に来ていますから。
また、調剤薬局でハーブを取り扱っているところはまだほとんどありませんよね。患者さんへの生活指導の一環として「こういうものがありますよ」というハーブのご案内など、簡単なことでいいので普及させたいと思っていますし、それだけの価値はあると感じています。