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薬学×付箋ノートBOOK著者 くるみぱんの薬学ノートと日常メモ

第55回「乳がんの薬物治療①」

乳がんは女性に最も多いがんであり(2021年時点)、薬剤師として関わる機会も多い疾患です。近年、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の登場により治療選択肢が拡大し、個別化医療が進歩しています。

 

今回は、乳がんの薬物治療について、ステージ別の治療の流れ、タイプに応じた薬剤選択、そしてホルモン療法の基本についてまとめました。

 

 

ステージ別薬物治療の立ち位置

 

乳がんの薬物治療は、病期により大きく治療目的が異なります。

 

非浸潤性がん(Stage0):手術±放射線療法が主体となります。薬物療法は、ホルモン受容体陽性の場合に乳房内再発予防として検討されます。

 

早期がん(Stage I〜ⅢA):手術を先に行う場合と、薬物療法を行ってから手術を行う場合があります。このステージでの薬物療法は、潜在的な微小転移を根絶させ、生存期間を伸ばすことを目的として行われます。

 

局所進行がん(Stage ⅢB、ⅢC):手術を可能にするために薬物療法が行われます。腫瘍を縮小させて手術が可能になれば手術と放射線療法を行います。

 

転移・再発がん(いわゆるStage Ⅳ):薬物治療が治療の主体となります。この段階では根治は困難なため、がんによる症状緩和や症状出現の先送り、生存期間を延長することを目的に治療を行います。

 

サブタイプ別の薬剤選択

 

乳がんは、遺伝子レベルでは数多くの分類に分けられます。しかし、臨床現場で全ての患者の遺伝子解析をすることは難しいため、病理学的検査を用いたサブタイプ分類を使用することが一般的です。

 

エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、Ki67(がん細胞増殖活性マーカー)、HER2(がん細胞の増殖を促進するタンパク質)の発現状況により、どの薬で治療するか方針が決まります。

 

ホルモン受容体陽性(HR+)乳がん

全体の約70%を占める最も頻度の高いサブタイプです。この病型では、エストロゲンが受容体に結合することで腫瘍の増殖が促進されるため、エストロゲンの作用を阻害するホルモン療法が治療の基本となります。

その他、リスクや抵抗性に応じて化学療法も行います。

 

HER2陽性乳がん

以前は予後不良とされていましたが、トラスツズマブ(ハーセプチン)をはじめとする抗HER2療法の登場により劇的に予後が改善しました。化学療法と抗HER2療法の併用が一般的です。

高リスク症例では、複数のHER2阻害薬を併用することも推奨されています。

 

トリプルネガティブ乳がん(TNBC)

ER、PgR、HER2がすべて陰性の病型です。ホルモン療法や抗HER2療法の適応がないため、化学療法が治療の中心となります。特に、プラチナ製剤の投与に関して強く推奨されています。

また近年、BRCA遺伝子変異陽性例に対するPARP阻害薬や、PD-L1陽性例に対する免疫チェックポイント阻害薬の有効性が示され、治療選択肢が拡大しています。

 

ホルモン療法の作用機序

 

ホルモン療法のポイントは、閉経前後で選択される薬剤が異なる点です。というのも、閉経前後でエストロゲンの産生経路が変化するためです。

 

【閉経のみに使用するもの】

・LH-RHアゴニスト(ゴセレリン、リュープロレリン)

閉経前は、視床下部から放出された性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH−RH)が下垂体の受容体に結合し、下垂体からLH・FSHが放出されることで卵巣でエストロゲンが産生されます。

 

LH-RHアゴニストは下垂体の受容体を過剰に刺激することでダウンレギュレーションを起こし、LHの分泌を抑制させ、エストロゲンの分泌を減らします。

 

【閉経のみに使用するもの】

・アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)

閉経後は、副腎皮質から分泌された男性ホルモン(アンドロゲン)を脂肪細胞などで変換することでエストロゲンを産生しています。この変換に関わる酵素がアロマターゼです。

アロマターゼを阻害することでエストロゲンを減らします。

 

【閉経前後どちらでも使用可能なもの】

・選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)(タモキシフェン、トレミフェン)

※トレミフェンの適応は閉経後乳癌のみだが、閉経前乳癌への適応外使用も認められている

 

SERMはエストロゲン受容体に結合し、エストロゲンの受容体結合を競合阻害します。乳腺では阻害作用を示しますが、臓器によっては作動薬としての作用を示すこともあります。

 

・選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD)(フルベストラント)

フルベストラントは、エストロゲン受容体の分解、二量体化阻害により完全拮抗作用を示します。SERMとは異なり、臓器によって作動薬として働くこともありません。なお、閉経前の患者に使用する場合は、LH-RHアゴニスト投与下で他の抗悪性腫瘍剤と併用することという条件があります。

 

・黄体ホルモン製剤(酢酸メドロキシプロゲステロン)

黄体ホルモンは抗エストロゲン作用やDNA合成抑制作用により抗腫瘍効果を示すと考えられています。

 

ホルモン療法の治療期間は標準的には5年間ですが、再発リスクと有害事象のバランスを考慮して10年までの延長治療が検討されます。

 

 

 参考

日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン2022年版・2024年3月Web版

日本乳癌学会 患者さんのための乳癌診療ガイドライン2023年版

国立がん研究センター がん統計