日本人にとっては懐かしい香り――ヒノキ。ヒノキ風呂や料亭のカウンターなど、高級家具を造るときに必要不可欠な樹木です。なぜ高級な家具に使用されたかというと、木材として強いというだけではなく、その抗菌作用も大きな理由と言えそうです。我々にとっては心地良い香りでも、虫や細菌にとっては一目散に逃げだしたくなる香りなのでしょう。
また、神社、仏閣もヒノキで造られていますので、ヒノキの香りを嗅ぐと神聖で背筋が伸びるような気持になるのも頷けます。
それともう一つ。この香りの忘れてはいけない特徴は、やはり森林浴を思わせるリラックス&リフレッシュできる香りであることです。成分的に見ても、樹木特有のα-ピネンなどのモノテルペン炭化水素が多いのですが、若葉アルコールを思わせるようなモノテルペンアルコール類も含有されており、ひとたび香りを嗅いだ瞬間に、森の中にいるような森林浴気分を味わうことができます。
ヒノキと言えば、忘れられない患者さんがいます。私が薬局を開局していた頃、調剤の患者さんで一人のおじいさんがいました。毎月、抗不安薬の処方せんを持って来局されていたのですが、いつの頃からか奥さんの処方せんも持って来られるようになりました。奥さんはパーキンソン病で、おじいさんが一人で介護しているようでした。寡黙なおじいさんだったので、生活のことはあまり話しかけてほしくない様子でしたが、あるときに店頭に並べてあったヒノキのスプレーを手に取られました。テスターを匂っていただくと気に入ってもらえた様子で購入されました。
一か月後に寡黙なおじいさんがニコニコして薬局に来てくれて、またヒノキのスプレーを買われました。レジに来られたときに、「妻の介護で疲れていてなかなか眠れない日々が続いていたが、ヒノキの香りで癒されて少し眠りが深くなった気がする」とのこと。
聞けば昔、おじいさんはとび職人をされていて、大きな木の香りが大好きだったそうです。このスプレーを嗅ぐとそのときのことを思い出し、深呼吸したくなるほどリラックスすると言うのです。この後もこのおじいさんは、薬局が閉店するまでずっとヒノキのスプレーを買い続けられていました。
ヒノキの香りと聞くと、よく「ヒノキ花粉症の人には禁忌ですか?」とのご質問を頂くことが多いですが、精油の場合は大丈夫です。なぜなら、ヒノキの葉や木部などを水蒸気蒸留して精油を抽出するため、およそ100℃で気化した芳香成分を冷やしたものが精油となっていますので、この過程においてヒノキ花粉が直に混入する可能性はないと考えられるからです。
なお、精油メーカーによっては葉と木部で香りが違うため、それぞれの部位ごとに分けて販売しているところがあります。葉の香りは気持ちを高揚させ、リフレッシュさせる作用があります。一方、木部はどっしりとした大木を思わせる甘い香りで、リフレッシュというよりリラックスさせる作用が強いと感じ取れます。どこの部位を好ましく感じられるかによって、今日のコンディションが分かりますので、テスターがあればぜひとも試してみてくださいね。
【ヒノキ】
学名/Chamaecyparis obtuse
科名/ヒノキ科
葉・木部/水蒸気蒸留法