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第2回 Patient Centricityとは?タグリッソとモディオダールを例に考える

薬剤師や薬学生のみなさんはPatient Centricityについて、耳にされたことはあるでしょうか?

Patient Centricity とは「患者中心」を意味する概念のことです。

患者さんを取り巻く医療機関、規制当局、製薬企業の 3 者が「患者さんを常に中心に据え、患者さんに焦点を当てた対応を行い、最終的に患者さん本人の判断を最大限に尊重すること」と言われております。

製薬協のタスクフォースではこの概念を踏まえた具体的な活動として「患者さんから直接、またはその家族や患者団体を通じて入手した患者さんの声を企業活動に活かすこと」と考えています。

これまでの医薬品開発は主に企業や医師、規制当局の3者で動いており、医薬品の最終的な使用者である患者さんを蚊帳の外において実施されてきました。

Patient Centricity 活動は、患者さんの声や実体験を集めることで、患者さんにとって、医薬品開発に自分の経験が活かされて社会貢献につながる、より参加しやすい治験が計画される、いち早く良い薬が使用できる可能性があるなどのメリットがあります。
また製薬企業にとっては医薬品開発に新たな視点を得ることにもつながるのです。

今日はPatient Centricityの考え方の具体例として、臨床現場に近い2つの事例をご紹介させていただきます。

良い事例として「Patient Centricityの活動が治験実施にまで到達したタグリッソの事例」を、悪い事例として「Patient Centricityを軽視して、流通管理により患者さんに薬が届きにくくなってしまったモディオダールの事例」を挙げてみました。

■タグリッソ、患者会提案の医師主導治験の実施まずは良い事例から見ていきましょう。

タグリッソ (一般名:オシメルチニブメシル酸塩)は、アストラゼネカが開発した上皮成長因子受容体(EGFR)のT790M遺伝子変異及び活性化変異を選択的に阻害する、初めての不可逆的EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)です。要は抗がん剤ですね。

ちなみに名前の由来は、EGFR-TKI耐性変異のT790M遺伝子変異及び感受性変異を選択的に阻害することから、「標的(Target)」と「耐性(Resistant)」の意味を込めて「TAGRISSO」としたそうです。

日本では、2016年3月に「EGFRチロシンキナーゼ阻害薬に抵抗性のEGFR T790M変異陽性の手術不能または再発非小細胞肺がん」の適応で製造販売承認を取得しております。
また、2018年にEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん(NSCLC)の一次治療の適応で追加承認を取得しています。

肺がん患者の会「ワンステップ」による適応追加の要望上記の通り、承認取得及び適応追加をしておりますが、「EGFR耐性遺伝子のT790M陰性で他剤で治療歴のある患者」は適応外となっていました。

ところが、これまでの臨床試験結果から、T790M陰性のNSCLCでも約20%に効果があり、脳転移症例にも奏効する可能性が示唆されていたのです。

しかし効果があるとしても適応を取得していなければ、保険が使えません。
実質、薬が使えないようなものです。
そのため、「適応追加が強く望まれていた」わけです。

そこで肺がん患者の会「ワンステップ」の長谷川理事長が近畿大学医学部腫瘍内科の中川和彦氏に対し、T790M陰性NSCLC患者を対象とした医師主導治験を提案したのです。
すごい行動力ですね。

その後、2019年3月に患者と研究者の共同でオシメルチニブを販売するアストラゼネカに支援を求める患者要望書を提出し、アストラゼネカとの交渉が行われました。
アストラゼネカはこれを受け入れ、患者提案型医師主導治験が実現したというわけです。

患者会や医師の行動力もさることながら、この提案を受け入れたアストラゼネカも称賛に値すると思います。

製薬企業はボランティアではないので、採算性という問題は付きまとうことになりますが、「医薬品は患者さんのためにあるもの」です。

実際の患者さんの声を受け入れて、それを治験計画に落とし込み、実現に至るというのはまさに理想的な流れと言えますよね。

■モディオダール、患者さんの声を軽視した流通管理次に悪い事例について見てみましょう。

モディオダール(一般名:モダフィニル)は、1976 年にフランスLafon 社(現Teva Pharmaceuticals Europe BV)により見出された覚醒を促進する作用を有する薬剤です。

作用機序としては、ドパミン神経系を賦活するのではなく、ヒスタミン神経系を介して大脳皮質を賦活化することが示唆されています。
作用持続時間が長く、1日1回投与可能な点が特徴的です。

モディオダールはナルコレプシーに対する治療薬として承認されていましたが、2020年の2月に特発性過眠症に対して適応が追加されました。
みなさんの薬局でも取り扱われているところがあるかもしれませんね。

このモディオダールはこれまでは流通に特に制限がありませんでしたが、この適応追加に伴い流通管理規制が行われることになりました。

現在(2020年10月31日)は経過措置により、通常の医薬品のように処方され、薬局でもらうことができますが、今後(2021年3月以降)強固な流通管理が行われることに決まっています。

流通管理の理由詳細は省略させていただきますが、PMDAにおける特発性過眠症の適応追加の審査において、「モディオダールは覚醒を促進する作用を有する薬剤であり、乱用や依存性のリスクを有することを踏まえると、他の睡眠障害を十分に鑑別したうえで特発性過眠症と診断された患者に対してのみに投与する必要がある」と判断されました。
要は「薬の特性を踏まえて、きちんと対象患者に投与しましょう」ということですね。

ここまではまだ分からなくもなかったのですが、特発性過眠症以外にも、「既承認のナルコレプシー及びOSAS に伴う日中の過度の眠気についても、他の疾患との鑑別が重要であることを踏まえると、既承認のナルコレプシー及びOSAS に対する投与についても、特発性過眠症と同様の基準に基づいて流通管理体制を構築することが適切である」とされてしまいました。

つまり「既存の適応も鑑別が難しいことから、同じように流通規制を適応する」ということです。 今回の適応追加を引き金に既存の患者さんにも影響を与える事態に波及してしまったのです。

流通管理の問題別に流通管理規制を施しても、登録された医師がきちんと処方すれば、問題ないのでは?
と思われるかもしれません。

確かに理論上はその通りではあるのですが、そんなに単純ではありません。
例えば下記のような問題が挙げられます。

流通管理規制の問題の一例

  • ・  処方できる病院や医師の数の限定
  • ・  処方する医師のハードルの高さによる処方モチベーションの低下
  • ・  取り扱う薬局の限定

ただでさえ睡眠専門医は少ないのです。
結果的には、この流通管理は既存のナルコレプシーの患者さんも含めて、患者さんにモディオダールが届きにくくなることにつながると考えられています。

みなさんの薬局ではいかがですか?
流通管理により処方できない医師が増えれば、取り扱いをやめるところが出てくる可能性も十分考えられますよね。

既に診断されて、乱用の恐れがない患者さんから薬を奪う可能性があるわけです。

医薬品は誰のためにある?流通管理の理由には一理あります。
しかし「医薬品は誰のためにある」のでしょうか?
私は「患者さんのためにある」と思います。

もちろん企業が存続するために売り上げという形で、企業にも貢献しているものではありますが、「主役となるのは患者さんであることは誰も異論ないはず」です。
「薬は患者さんに使われなければ意味がない」のです。

厳格な流通管理が、薬を必要とする患者さんへのアクセスを絞ってしまうことになっては、本末転倒どころのお話ではありませんね。

現に今後の流通規制に対して、問題提起する患者さんの声が多く上がっています。 このような声は軽視してはならないと思います。

■まとめ今日はPatient Centricityの概念について2つの事例をもとに考えてきました。
現場の薬剤師の先生方は通常の勤務の中でおのずと意識されている考え方かもしれませんね。これから就職を控える学生のみなさんは、ぜひ頭の片隅に置いておいていただけると嬉しいです。

また現場の薬剤師の先生方は、患者さんの声を行政や製薬企業に伝えていただけますと、より患者さんを中心とした医療が進むのではないかと思います。
行政や企業ではなかなか分からないことですので、ぜひよろしくお願いいたします。