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医薬品開発担当者の視点からお届け るなの気になる!医療ニュースメモ

第5回 承認されたのに販売されなかった幻の薬

医薬品の有効性や安全性を確かめるための臨床試験実施後、審査を経て医薬品は「承認」されます。
承認されたとなれば、それはすなわち日本で使える薬だ! とお考えの方も多いかと思います。
事実、日本においては基本的には「承認取得=保険適応(薬価収載)」となり、承認された医薬品は市場に出ることとなります。

しかし承認されたにもかかわらず、保険適応されず、販売には至らなかった医薬品もあるのです。
今日はそんな医薬品の1つを紹介させて頂きます。

■抗肥満薬オブリーン(セチリスタット)武田薬品工業が開発を進めていた抗肥満薬オブリーン(セチリスタット)がその医薬品です。

オブリーンは肥満症に対する治療薬であり、脂肪の吸収阻害効果を持つ医薬品でした。
脂肪は膵臓から分泌されるリパーゼによって脂肪酸等に分解され、胆汁酸とともに吸収されます。
このリパーゼを阻害して脂肪の吸収を抑えることで、吸収されるエネルギー量(カロリー)を下げるというのがオブリーンの作用機序です。

■有効性や安全性さてこのオブリーンですが、先に述べたように「承認」されています。
それはつまり有効性や安全性について、きちんとした結果を示したということです。
簡単にご紹介いたします。

・有効性国内で実施した患者さん対象の臨床試験は4試験ありました。
主要評価項目は52週投与時の体重の変化率でしたが、プラセボと比較して有意な減少が認められました。また副次的評価項目でも有意差な改善効果が示されております。
体重関係の値だけではなく、肥満に起因するような収縮期血圧、HbA1c、LDL-C等の改善も認められていたのです。
そして長期投与においても効果の減弱は認められていません。
要は「想定していた有効性」については、問題なく示されたということですね。

・安全性国内試験では下痢や脂肪便が特に注意するべき有害事象として挙げられましたが、いずれも軽度であり、問題となる事象ではありませんでした。
脂肪の吸収を阻害するわけですから、脂肪便になったり、それが下痢につながったりすることは想定の範囲内ですね。
安全性について懸念すべき事項、議論となるような事項はなかったということです。

■中医協でひっくり返されるさて上記のような想定された結果をもって承認されたオブリーンですが、このまますんなり販売開始とはいきませんでした。
保険適応/薬価収載について協議する中医協でひっくり返されてしまったのです。

2013年11月の中医協において、「肥満症を効能とするものの体重変化率は約2%であるうえ、心血管イベントの発症抑制が示されていないなど同剤の保険医療上の必要性について十分な説明がなされていないと指摘」されました。

「そもそも肥満と違って、学会で肥満症の診断というものがあり、今回の治験の中ではBMIが25以上の者であって、かつリスクがある、既に2型糖尿病と脂質異常症を患っているという状況があるので、こういう条件の中で減量を要するのだ」と、この医薬品の臨床的な意義についても、審議官は意見を述べておりましたが、これが理解されませんでした。

統計学的な有意差(つまり医薬品がプラセボと差があるということ)が示せたとしても、そこに「臨床的な意義」があるとは必ずしも言えないのですね。

ただ厳正な審査のうえ承認されたわけであり、あくまで美容のため等ではなく、病的な「肥満症に対する治療薬として認められていた」わけですので、保険適応されなかったのは少し残念だと個人的には思います。

結局、武田薬品工業はこのオブリーンの日本での開発・製造・販売権を導入元企業のオランダのノルジーン社に返却してしまいました。
うーん、医薬品の開発はなかなか難しいですね。

みなさんの普段扱われている医薬品。
市場に出るまでに結構大変な道のりを歩んできたんだなーと少しでも思ってもらえると嬉しいです。

参考:中央社会保険医療協議会 総会(第255回) 議事録(2013年11月13日)