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- 吉田哲朗さん(公認スポーツファーマシスト)
- 製薬企業でスポーツサプリメントの研究開発に携わりながら、スポーツファーマシストとして『ドーピング0会』を主催。
- 『ドーピング0会』Twitter:@dopingzero
『ドーピング0会』でスポーツ界のドーピング0を目指す。
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まずは吉田さんのご経歴について教えていただけますでしょうか。
実家が祖父の代から薬局を営んでいます。薬局が身近な存在で、小学生のときから薬剤師になりたいと言っていました。大学を卒業してからは製薬企業でスポーツサプリメントの研究開発に従事しています。平日は会社員なので、終業後の時間と休日にスポーツファーマシスト(以下SP)の活動をしています。
本業のスポーツサプリメントの開発は4年ほど前に社内の新規事業として始まりました。新しいけれど認知度が低いサプリメントはなかなかトップクラスのアスリートには使ってもらえませんでした。そんな中、とあるご縁で、なんとか1つの実業団チームとつながりを持てて、それがきっかけで少しずつ広まっていきました。軌道に乗るまでが並大抵のことではなかったので、感慨深いですね。
自分が開発に携わったサプリメントを、日本を代表するトップアスリートが使ってくれているのは本当に嬉しいです。人生であるかないかの希有な経験をさせてもらっていますし、大きなやりがいを感じています。
1人ではなくチームで“みんなと一緒に”やるということの可能性を感じましたし、自分自身のSPの活動にもつながっています。みんなでやったほうが面白いですし、良い意味で予測不能なことが起きるので、すごくワクワクしますね。
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アンチドーピングに興味を持ち、SPとしての活動を本格的に行うことになったきっかけは何でしょうか?
仕事でスポーツとの関わりはもともとありましたし、スポーツ分野に対して興味を持っていました。そして、たまたま知り合いの方からの紹介で、アスリートからアンチドーピングについての相談を初めて受けました。
僕は臨床経験がないので、「自分がアドバイスをしてもいいのか?」と思いながらも、一生懸命調べてアドバイスをしたところ、アスリートから「すごく安心できた」というお声を頂くことができました。そこで「自分の知識でも役に立てるんだ」と思えたことが、SPとして活動することを考えた大きなターニングポイントでした。
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吉田さんの踏み出したその一歩が広がっていった過程もお伺いできますか?
本格的にSPとして活動したいと思ったのですが、具体的にどんな活動ができるのか、2018年当時はまったくイメージできませんでした。そこで、先輩SPがどんな活動をしているのかが知りたくて全国いろんなところに行きました。
そんな中で、アンチドーピングが学べるカードゲーム『ドーピングガーディアン』を開発された、薬剤師の清水雅之さんと出会いました。
清水さんが開発したカードゲーム『ドーピングガーディアン』はすごく面白くて、初めてプレイしたときに「これだっ!」と感じました。講義を受けるよりもゲームを一回やるほうがよっぽど記憶に残るんです。「カードゲーム体験会とアンチドーピングセミナーをセットにしたら、もっとSPは活躍できるんじゃないのか?」という清水さんのお考えにとても共感したことを覚えています。清水さんはSPを盛り上げようと『ドーピングガーディアン』の啓蒙活動をされていたので、僕もいろんなところに一緒に行かせていただきました。関西での『ドーピングガーディアン』体験会の際に、清水さんにお声がけいただき、僕が前座でサプリメントとアンチドーピングのセミナーをさせていただきました。そのセミナーが予想以上に反響があり、そのときに来ていたSP含む8名をお誘いして飲み会を行ったのが、現在のドーピング0会(通称:0会)の前身です。
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『ドーピング0会』について、詳しく教えてください!
0会は会員が189名(2021年4月取材時)の、スポーツに関するさまざまな分野の専門家が集う会です。定期的に勉強会を開催したり、会員同士が意見交換できる場です。専門家のための寺子屋みたいなイメージでしょうか。
アンチドーピングって、とても内容が難しいんです。アスリートからの相談の中には答えにくいものもあり、すごく悩むこともあります。
「この回答でいいのだろうか」
「他の専門家の意見を聞いてみたい」
「他のSPの意見を聞いてみたい」悩んでいるときに皆が経験をシェアできるような場、気軽に意見交換ができる場があればいいなと考えました。皆で成長できたら、スポーツ界のドーピングをより早く0にすることができますからね。こんな想いで0会を運営しています。
回答に困るケースもあるのですが、それはごく一部。「葛根湯はダメだから飲まないでね」の一言で済むような相談もけっこう多いので、現在、全国にいるSP約10,000人が一歩を踏み出せたらもっとスポーツの安心・安全に貢献できると思います。
最初はSPの横のつながりを作ることを目的に動いていたのですが、SPだけが集まって話をしていてもアスリートに届かないなと気づき始めました。アスリートの周りにはトレーナーやドクター、栄養士など取り巻く方たちがたくさんいます。薬剤師の存在はそのさらに外側で、アスリートから距離が遠いんです。
そこで、スポーツに関わる人たちともっとつながろうと決めました。とはいえ、僕自身にスポーツとのつながりがなかったので、学会やスポーツ関係者が集まる懇親会などで、名刺を配ってSPという存在を知ってもらおうと動きました。
「これとこれ、どっちのエナジーゼリーの方がドーピングのリスクが小さいと思いますか?」というような一芸も仕込んで(笑)。“サプリメントの知識があるSP”が珍しかったのか、それから、少しずつスポーツ関係者から相談を受ける機会が増えました。そんな地道な活動を続けながら、0会のメンバーが増えていきました。理学療法士、アスレティックトレーナー、歯科医師、内科医、産婦人科医、整形外科医、皮膚科医、臨床心理士、弁護士……今や10を超える専門家の方々がいらっしゃいます。僕自身が他の職種のことを知らないので、各職種の仕事内容を伺ったり、どんなタイミングで関わったら良いのかなどをヒアリングしましたね。
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多職種の働きを知ることで得たことはありますか?
スポーツに関わるうえで、アスリートが抱える問題はさまざまな要因が絡み合っていて複雑であること、1つの専門家では解決できないケースが多いことが分かり、連携が重要であると感じました。僕自身、多職種と交流する中で、1つの問題に対していろいろなアプローチがあることに気づくことができました。
例えば、アスリートにとって『貧血』は自分で気付くことが難しい疾患です。パフォーマンスが落ちている、いつもの定期練習なのになぜかついていけない。「コンディションが悪いだけ」、「練習量が足りないだけ」と思い込み、貧血があるのに気付けず症状が悪化していくアスリートがいます。
貧血と診断されたとしても、薬剤師から見ると鉄が足りていないなら「鉄剤を出せば良し」で終わってしまうこともあるかと思います。それが栄養士の立場から見ると「実はエネルギー不足が原因で、そもそも食べていないことが根本的な原因」と分かることもあります。また、食べていない原因としてメンタルの問題を抱えていることもあり、臨床心理士の力を借りる必要もあります。
このように『貧血』1つでも僕は鉄剤という選択肢しか知りませんでしたが、いろんな専門家の話を聞いているうちにいろんな観点から見ることができるようになりました。アドバイスの幅も広がり、それが面白いですね。多職種がどんどんつながっていけば、アスリートにとってより良い結果を導けるようになると確信しています。
薬剤師はスポーツの価値を守れる。
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根本的なことですが……改めて、なぜドーピングをしてはいけないのでしょうか?
アスリートが勝利に向かって一生懸命頑張っている姿を見て、僕たちは感動したり泣いたりするわけですよね。そしてフェアプレーの精神で正々堂々とぶつかるからこそ心を動かされます。そんなアスリートたちが大会に自分のピークを持っていくために練習量を調整したりコンディションを整えたりする過程には、チーム以外にもたくさんの人たちが関わってサポートしています。ドーピングはそんな周囲の人々の気持ちを踏みにじり、スポーツの価値を陥れる行為ですので、許されることではありません。
医療関係者として一番お伝えしたいことは、ドーピングで使用した薬の副作用によって、その後の人生に関わるレベルで健康を害する可能性があることです。スポーツに打ち込める時間は、人生においてほんの僅かな時間です。アスリート生命よりはるかに長いその後の人生を、たった1回のドーピングで生涯苦しめられることになるかもしれません。
僕たちはアスリートを0からプラスへ導くのではなく、マイナスにならないように守ることが仕事です。アスリートが使っているもの・使おうとしているものを、場合によっては丁寧に説明をして止めなければならないので、どちらかというと感謝をされて、良い思いをすることだけではないかもしれません。ですが、この役割は医療に関わる僕たち専門家にしかできないことだと考えています。
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町の薬局や薬剤師でも何かできることはありますか?
もしも目の前の患者さんがアスリートだったらどうするのか、を想像してみてほしいなと思います。
“アスリートであることをどうすればヒアリングできるのか”を考えることで、できることはたくさん出てくると思います。例えば、同じ会社内のSPとつながっておくとか、ドーピングに抵触する禁止物質の検索サイトやアプリの存在を知っておくこともいいと思います。もしアスリートと接する機会があれば、「このアプリをダウンロードしておいてくださいね」と一言添えるだけでもいいのです。「葛根湯はやめてくださいね」だけでもOKです。
“資格がなくてもスポーツに関われる”ということをもっと知ってほしいと思います。アスリートでなくても、スポーツを通じて運動することは人々の健康寿命を延ばすうえで大切ですよね。そんなスポーツの価値を守る活動が、薬剤師にできますよ、ということを伝えたいです。
“人を巻き込む”ことが夢への近道。足りないところもみんなで補い合えばいい。
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コロナ禍という時勢的な面もあるかと思いますが、吉田さんがオンラインでの情報発信に力をいれられている理由を教えてください。
2つあります。1つ目は活動を多くの人に知ってもらいたいから。アンチドーピングの知識を広めるにあたり、リアルでの啓蒙活動には限界を感じていたので、SNSを活用することにしました。活動を発信しなければ伝わらないし、どれだけ良いことをしていても見つけてもらわないことには進展がありません。それは本業から学びました。「どれだけ良いものを作っても届けられないのなら意味がない。じゃあどう届けるのか?」ということを意識して動くことが大事だと考えています。
2つ目はスポーツ関係者とのつながりをつくりたいから。私の場合は”スポーツ関係者とつながりたい”と目的を持って、いろんなSNSを使って発信しています。SPで発信している人はあまりいないので、覚えてもらいやすいのかな、と感じています。
余談ですが、僕は「とある有名なアスリートに会いたいと」周囲にずっと言いふらしているのですが(笑)、そうすることで周りの方もアンテナを張ってくれて「こうしたら会えるんじゃない?」など、いろいろとアドバイスを頂くことができます。一人だと無理なことも、チームで動くとアンテナの数がそれだけ増えますよね。意外なところからきっかけがやってきて夢が具体的になってきたりするので、何事も口にすることから始まると思います。
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お仕事で大切にされているマインドはありますか?
僕は自分自身が“未熟”だと常に考えていますし、基本的に“皆さんから教えてほしい”というスタンスでいます。絶対に自分は足りていないという自覚があるので、「わからないことは教えてください」と振ります。それが良かったのかなと思っています。
臨床経験がないことで不安に思われてしまうこともあり、自信が持てないこともありましたが、今は助けてくれる仲間がいます。1人でやれることはたかが知れていますし、みんなでやった方がより大きいことができます。
自分の足りないところを補って、欠点をなくして全体的に平均点を取ろうとする人は多いと思います。僕も以前はその1人でした。足りないところにばかり目が行き、自信を持つことができず、なかなか活動の1歩が踏み出せませんでした。SPの活動を通して、自分の足りないところを認めつつ、強みを伸ばすように意識を向け、そして足りないところを他の人に補ってもらうように意識を変えました。自分が完璧になる必要はないし、各分野に強い“尖がった”人たちが集まって全員で最強のチームを作れば良いですよね。
職種×スポーツ×地域=あなた 薬剤師はもっと活躍できる!
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これからが楽しみですね! 0会の今後の目標はありますか?
理想は各都道府県に支部ができれば良いなと思っています。以前、チームの遠征帯同で関西に来ることになった鍼灸師の方が、採血の対応が可能な施設について0会に問い合わせてくださったことがありました。結果的に関西在住で0会に所属するドクターとつながることになりました。今回のケースのように、多職種とのつながりや連携ができるとさらに面白いなと思います。
実は、“職種×自分が経験した競技”となると、それだけでほぼオンリーワンです。SPという職種だけではなくて、そこに得意なスポーツや地域まで掛けあわせたらほぼ確実に1人です。アスリートやその関係者も、同じ競技を経験したSPの方が接してくれる方がきっといいじゃないですか。なので、全国にいる約10,000人のSP1人ひとりが活躍できるところが絶対にあるはずだと確信を持っています。
だからこそいろんなバックグラウンドのSPが集まって知見や情報をシェアするだけでも、何かが変わる気がします。難しいことではなくて、すでに持っているものを掛け合わせるだけです。それがもっと見える化できたらいいなと思いますね。
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最後に、読者へのメッセージをお願いします。
スポーツに関わることはとても楽しいです。もし「私ができるのだろうか……」と迷っている人がいたとしたら、背中を押したいです。「えっ? こんなことが?」という自分の知識が、スポーツ分野に出た途端に強みになります。医療業界の中にいるから見えていないだけで、外に出たらオリジナリティで武器なんです。それを知ってほしいです。僕も最初は自信がありませんでしたが、わからないことは他の人に補填してもらえばいいんです。
少しでもSPの活動やアスリートを支えることに興味がある方、ぜひ一緒にやりましょう!
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