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医薬品開発担当者の視点からお届け るなの気になる!医療ニュースメモ

第12回「データだけでは人の心は動かせない?」

2022年もあっという間に半分近く過ぎてしまいました。最近はCOVID-19感染者数も少し落ち着いているように感じられますが、現場の先生方はいかがでしょうか。

コロナ禍ではSNSやインターネット上に多くのデマが飛び交い、それに翻弄された方々をたくさん見かけました。

医療現場で患者さんとかかわっている先生方であれば、よりそのような場面を目にされていたかもしれません。むしろ医療現場ではコロナ禍に限らず、見聞きする事象なのかもしれませんね。

 

デマの中には荒唐無稽なものもあり、データを見れば、客観的に見てデマであることが明らかであるものも多かったと思っています。

しかし厚生労働省のような公的機関や医師/薬剤師のような専門家がデータを示して、デマであることを丁寧に説明しても、それが受け入れられず、むしろかたくなに心を閉ざしてしまうケースも見られました。

 

このデータだけでは心を動かせなかったという点について、ターリ・シャーロット著「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」という脳科学的な観点からさまざまな実験や事例を挙げて、分かりやすく解説されている本をもとにまとめてみました。

 

■「事実」という情報の脳に与える影響の小ささ

医薬品は有効性と安全性の「データ」が精査され、承認されます。

医師や薬剤師にとってもこのデータは非常に重要であり、治療においてなくてはならないものだと思います。

 

しかしこのようなデータ、すなわち情報が脳に与える影響は思っているほど大きくないのです。

情報以外で脳に大きな影響を与えるもの、それは感情です。意欲、恐怖、希望、欲望といった、原初的な感情が人間に与える影響というものは、情報が与える影響よりも強く脳に作用するということです。

例えば、患者さんの病気によく効く医薬品があっても、副作用が怖くて服薬したくない患者さんを思い浮かべていただければと思います。

 

副作用/副反応の割合が非常に少ない、つまり安全性が非常に高い医薬品であり、有効性も鑑みて、リスクよりベネフィットが明らかに高いとデータを説明したとしても、安全性に対する恐怖が勝ってしまうこともあるかもしれません。

 

そのようなケースではいくらデータを説明しても、心を動かすことが困難である可能性があります。つまり相手の意見を変えるためには感情に訴えることも必要だということですね。

 

■受け入れる情報の偏り

次に受け入れる情報の偏りについて考えてみましょう。

私たちは受け入れる情報に無意識に偏りをかけています。つまり「自分の世界観にあった情報を意欲的に仕入れている」のです。

 

人は自分の意見を裏付ける情報を集めたがるのです。これが確証バイアスですね。

 

また自分と逆の方向の情報については、別の観点から新しい反論を思いつき、更にかたくなになるという傾向も脳科学上認められます。

 

つまり何が言いたいのかと言いますと、誰かを説得するときに、相手に不利で自分に有利な情報を突き付けることは、最適なアプローチではないということです。

 

医薬品の副作用が怖いという人に対して、「いやいやこんなにリスクは低いというデータが出ています。恐れる必要はありません」というのは、相手に受け入れられない可能性もあるのです。

強い「感情」の前には「データ」が役に立たないケースもあるということですね。

 

■感情を揺さぶる

ではデータではなく何が相手の意見を変えられるのか? ということですが、その一つとして感情を揺さぶることが挙げられています。

 

淡々としたスピーチより、感情のこもった熱いスピーチの方が聴衆の心に響くというのは、みなさんも経験がおありかと思います。

 

感情というのは本質的に、外部の事象や内なる思考に対する肉体の反応なのだと思います。

感情を揺さぶるということは、極めて大きな反応なのです。データを押し付けるよりもはるかに強力なのかもしれません。

 

みなさんは叱られるのと、褒められるのはどちらが好きですか?

特定の方以外は褒められる方が好きだと思います。

 

人は動物として快楽をもたらすものに近づき、苦痛をもたらすものから離れるという心理を持っています。その方が生きるうえで効果的だからです。

 

つまり行動要請と脅威よりも、行動要請とポジティブな結果のほうが効果的なのです。

「この薬を飲まないと病気が悪化する可能性が高いです」ではなく、

「この薬を飲むと病気がよくなる可能性が高いです」のほうが効果的というわけですね。

人を説得するアプローチとしては、何らかの希望をもたらす方が効果的というわけです。

 

ただし不安が上手く作用することもあります。

それは下記の二つの時です。

「何もしないように仕向けている」

「説得する相手がすでに不安な状態にある。」

 

ワクチン忌避のアプローチが似ている事例かもしれませんね。

副反応が不安な人にワクチンを接種しないように呼び掛けることは、接種したくない気持ちを強くする効果的なアプローチというわけです。

これを崩すには、データを押し付けるだけでは到底上手くいかないのですね。

 

いずれにせよ、希望をもたらすポジティブな情報を強調する方が、相手の心を動かしやすいということです。

 

■コントロールしたいという衝動

人は自身のコントロールを外した時に、ストレスを感じる心理があります。

車の運転をされる方は助手席に座るよりも、自分で運転する方が安心されるかもしれません。

 

飛行機恐怖症の方の主な原因は、自分の命がパイロットや飛行機の状態、天気という自分以外の因子にコントロールされていることへの極度の不安からくるとも言われています。

 

要は「人はコントロールしたい」のですね。

 

つまり他人に影響を与えるためには、相手は主体性を必要としているということを認識し、コントロールしたいという衝動を抑え込まなければなりません。

 

だから「選ぶ」ということが重要になるわけです。

選ぶという行為は主体性を与える格好の行為です。

 

前述のワクチン忌避に置き換えれば、強制的な接種や接種の強要はワクチン忌避の感情を一層強くするだけとなる可能性があるということです。

ここに主体性を与えるとすれば、例えば接種するワクチンを選べるようにするという点が考えられます。

そこには主体性があり、接種する人の選択という名のコントロールがあるのですからね。

 

最近は新たにノババックスのワクチンが承認され、接種が開始されています。

予約は盛況で、これまで接種を控えていた方でも、接種に赴こうという方がおられたのではないかと思います。

ワクチンの種類が異なる点が大きな理由かと思いますが、もしかしたら主体的に選択できる点が、心理的なハードルを下げているのかもしれませんね。

 

■最後に

今回はデータだけで人の心を動かすことができないという点について、考えてきました。

 

「人は機械ではなく、感情を持つ生き物」です。

相手の意見を変えるためには、情報という影響の1因子だけではなく、他の強いチャンネル、すなわち感情に訴える必要もあるのです。

 

相手をコントロールせず、否定せず、希望の持てるポジティブなメッセージを伝える。

それが相手の意見を変える糸口になるかもしれないですね。

 

直接患者さんと接しているわけではない私がこのようことを述べるのも差し出がましいことかもしれませんが、医療現場で患者さんと接する際に少しでも参考になりましたら幸いです。